アブラゼミの幼虫を集めて、 生命の来し方行く末について熱く語る老いた山蟹が、 ワシは千年も万年も生きるぞ!と嘯いている。
やがて亀になって万年のイノチを手に入れるわけよ。 健康に留意して長生きすれば、いつか亀になるんだぞ。 な、な、すごいだろ。ほぼ永遠のイノチだぞ!
そんな大法螺を吹きまくって夏兆しの向こうへゆらゆら歩き出す。 ひび割れたハサミを振り回しながら峠道を行くカニの甲羅に、 青々とした初夏の風が流れ落ちる。
若いセミたちは思う。 あのカニは亀になれるのかな~。 そんなのムリに決まってんじゃん。カニはカニさ。亀より遅いカニだもん。 千年も万年も生きてたら、ちょー後期高齢者になっちゃうしィ。
と、そのとき、 箱根山の真上に浮かんでいた花雲が言った。 いや、そうとも限らんぞ。 あの山蟹は只者ではない。もしかしたら不死亀になるかもしれん。 近頃は何が起きるかわからんでな。
馬酔木の白花が異議なしとばかりに、ふふっと無邪気に笑った。 おなじく満天星の白花が、くくくっと皮肉っぽく笑った。 満開のまめ桜の白小花は、清楚な沈黙を守っていた。
その頃、仙田喜三郎(83)という名の山蟹が、 箱根湯本の「蕎麦・暁庵」をめざして、猛スピードで走り下っていた。 仙田さん、あんたは箱根駅伝の復路か?
|