まえ  つぎ 日記INDEX

5月05日

ゴールデンウィークは、楽しくて、楽しくて。


1:男ふたりの城ヶ崎。
数少ない友人「歌って踊れる税理士アマノ」が、独りで遊びに来た。昨年の夏以来だ。
自称ゴールドフィンガー・アマノというだけあって、相変わらず指だけは異常に長い。
彼は大人なので定番お子様観光地「有料大室山リフト」や「有料シャボテン公園」へ
案内する必要はない。まあ、楽だ。大人はたいして楽しくもないだろうしね。
それでも「無料・城ヶ崎の吊り橋」を案内する。ふたりで渡った。揺れても渡った。
周囲は仲良しカップルと、仲良し家族ばかり。こっちは男ふたり。海を眺めた。
黙って吊り橋を渡り、黙って海を眺め、黙って帰った。楽しくて、楽しくて…。


2:5年ぶりのゴルフクラブ。
メシを食べに行って、酒を飲んで、徹夜でしゃべりまくる。
それだけの一泊二日だから、少し時間が余る。アマノの提案でゴルフ
練習場に行く。
5年ぶりにボールを打つ。ヘナチョコ・ボールしか打てない。
かつてはHDCP7、タイガー・ウララカと言われた男の球筋ではない。
でも、まあ、空振りしないだけでも、いいか。
アマノは、それなりのボールを打っている。なにしろ指が異常に長いから。
ロシア人とのハーフで色白だしね。久しぶりのゴルフ練習場。
もう、楽しくて、楽しくて…。


3:とにかく、スゴイ店、すごい人。
アマノとの一日目ランチは、別荘地奥深くに隠れている「秘密の和食屋」。
料理、接客、料金。すべて100点満点の店である。いま、いちばん好きな店だ。
二日目のランチは「そば花柚」。クルマで5分。行くと「行列ができる店」になっていた。
評判が、評判を呼び、クチコミ、クチコミで、客は加速度的に増えていく。
ここのオヤジとは知り合いだが、行列に並んでまで食べたくない。待てない。ごめん。

二軒目のイタリアン。ここも満杯。35分待ち。待てない。
さすがにゴールデンウィークの伊豆高原。どこも満員。食事屋を探して彷徨う。
と、駐車場に一台だけ空きがある店を見つけた。
初めての店だ。度胸試しのつもりで入ろうか。うん、そうしよう。

「そばとロールキャベツがおいしい店」。すごいだろ。すごいので満席である。
なぜ「そばとロールキャベツ」なんだ? わからん。5分待って「次の方、どうぞ」。

4人掛けテーブルに、アマノ、私、妻、妹、4人が座る。いや、座りたいが、座れない。
だって椅子が2脚しかないんだもん。4人掛けテーブルに椅子2脚。椅子取りゲームか。
「あのう、椅子ふたつ、ください」。「奥から勝手に出してください」。セルフか?
まあ、ここまでは、よくあることだ。あるかもしれない。ないか。悪い予感がしてきた。

接客のおばさんにオーダー。そば4、記念にロールキャベツ2、ビール1、グラス2。
手際が悪いのか、隣のカップルや家族連れの客、ほとんどの人が何も食べていない。
みんな不機嫌そうな顔をして、お茶をガブガブ飲んでいる。どんどん悪い予感。
オーダーが錯綜して調理場との連携が悪い。おばさん2名、無駄に動きまわるのみ。

蕎麦は時間がかかっても仕方ない。しかし、ビールはまだか。10分以上も待ってるぞ。
「ビール、まだですか」。「ビール? あ、忘れてた」。忘れないでよ、おばさん。
90秒後、ビールは来たが、飲めない。どうしても飲めない。グラスがない。

「あのー、グラスを…」。90秒後、乾杯。とりあえず食事のカタチになってきた。
さらに90秒後、突然、どっさりアスパラにどっさりマヨネーズが大皿で出てきた。
これ、お通しかな? そうだろ。けっこう豪快だね。普通は小鉢がふたつじゃない?
まあ、いいや。ハラペコだ。みんなで食べよう。うん、そうしよう。

90秒後、小鉢のお通しが来た。由緒正しいお通しだ。と、すると、このアスパラは?

視線を感じる。見ると隣り席のカップルが「アスパラ」をジッと見つめている。
男は意を決したようにおばさんに言う。「あのー、アスパラサラダ、まだ?」。
おばさん、ウチらのテーブルを見て「あ、この人たち、食べてる。私、間違えた!」。

カップル、こんどはウチらをニラむ。おばさんもニラむ。気まずい雰囲気。
ニラんだって、もう食べてるもん。おばさん、次の瞬間、暴挙に出た。
なんと、ウチらの小鉢をつかんで、カップルのテーブルに持って行ってしまった。

アスパラの次は小鉢と思っていたのに、持って行かれてしまったのだ。無念だ。
こっちも勝手な思いこみでアスパラを食べた後ろめたさがあるので文句は言えない。
アスパラ大皿と小鉢2のトレード成立だ。カップル、釈然としない顔。そりゃ、そうか。

イチローひとり、新庄ふたり。ま、こんなトレードだけどね。だめかい?

こっちは小鉢を取られたので開き直る。4人とも無言でアスパラを食べ終える。
依然、ロールキャベツが来ない。蕎麦も来ない。あなたは来ない。
そばを食べる前に、なぜロールキャベツなのか。不思議だが注文したものは仕方ない。

「あのー、ロールキャベツ、まだですか?」。おばさん、はっきりした口調で、
「悪いけど、仕事中に話しかけないでくれる」。
忙しいのに、ごめん。おいおい、違うだろ。世間話じゃなくて、ロールキャベツを…。

それまでモグモグ言ってたおばさんが、はっきりした口調で「話しかけないで」。
そのとき私は見た。家政婦も見た。おばさんの口の中を。歯がない。1本しかない。
そうか、それでモグモグ言ってたのか。しゃべるときクチに手を当てていたのか。
接客係としてインパクトがありすぎる。歯のないおばさん。強引なトレード。

たぶん入れ歯を家に忘れてきたのだ。それでさっきからアタフタしてるのか。違うな。

椅子2脚のテーブルについてから45分経過している。そば、食べたいよー。
時計は午後1時30分を回っている。空腹。ハラペコ。妹は、グズって寝てしまった。
怒られるのを承知で「あのー、そばとロールキャベツは、いつになったら?」。

すると、おばさん、ついにグラリと揺れて横に倒れた。なんだ? どうした?
おばさんは言う。「あんまり忙しくて、いま、めまいがした」。しゃがみ込む。青い顔。
ほかのお客さんも驚いている。大丈夫ですか? 奥で休めば…。気遣いの声、声、声。

ところが、どこにでも血も涙もない、冷酷な人はいるものである。
めまいして倒れているおばさんに「おい、ビールはまだか。30分も待ってるぞ!」。
情け容赦のない言葉を病人に浴びせている。とにかくビールが飲みたい客である。

あのねー、いま、おばさんは、めまいして倒れたんだよ。かわいそうだろ。
そこまでしてビールを飲みたいか。 うん? ビールを待つこと30分?
よく辛抱したものだ。気長な人だ。血も涙もある人だ。我慢強い人だ。おしんちゃん。

でも彼は気が弱いから、おばさんが元気なときは催促できない。めまいして倒れる。
敵が弱った頃合いを見計らって、少し高飛車に催促した。それだけの話。
この店は客までがおもしろい。このビール30分待ちの客は、平田満が演じてほしい。

もうひとりのおばさんBは、調理場に入ったまま出て来ない。知らん顔である。
戦友が倒れて死にそうでも塹壕から出てこない。助けに来ない薄情者。
おばさん、孤軍奮闘。めまい。あとで病院に行ったほうがいいよ。白血病かも。
愛と死を見つめて。そばとロールキャベツを見つめて。マコ甘えてばかりで。

この店は、おもしろすぎる。何から何まで、おもしろすぎる。なんか好きになってきた。
私は「めまい・歯なし・不手際・小鉢を強引トレードおばさん」のファンになった。
蕎麦が来た。うまい。予想外にうまい。食い物がうまければ、すべてを水に流そう。
ただし、ロールキャベツについては論評しない。蕎麦は、いいよ。

最後は支払い。めまいから立ち直ったおばさんがレジに立つ。戦線復帰だ。よかった。
アマノが財布を出しながら「ここは俺に任せて」。太っ腹だ。一泊二日の恩義か。
いや、違う。彼はおみやげとして函館直送の毛ガニを贈ってくれた。うまかった。
あれで充分なのに気を使う男だ。私は、こういう気が利く東京モンが好きである。
ここは彼の顔を立てて気持ち良くご馳走になろう。妻&妹、うん、そうしよう!

支払いを済ませて出てくるのを、ウチら3名は店外でビシッと整列して待つ。
そしてアマノが出てきたら、声をそろえて言うのだ。
「ごちそうさまでしたー。次回も、よろしくお願いしま〜す」。

出てこない。5分待ってもアマノは出てこない。どうした、アマノ。ウンコか。
おばさんの手伝いでも始めたか。就職したか。そばを運んでるのか。出てこない。
待つこと、さらに5分。合計10分。長すぎる。ようやくアマノが出てきた。

アマノいわく。俺がさ、お勘定って言うだろ。おばさんがレジに立つ。ここまでは、いい。
そしたら、あのおばさんが「あんた、なに食べた」って聞くんだよ。伝票があるんだぜ。
突然、聞かれたから驚いて「そば4、ロールキャベツ2」って答えた。この店は申告制か。

俺、うっかりしてビールとアスパラを申告するのを忘れたんだよ。
おばさん「あんた、ビール飲んだでしょ。確か、飲んだよね、キリン、一本」。

伝票にそんなこと書いてあるんだから、それを計算すりゃいいのに、いちいち聞くんだ。
俺が正直者かどうか試すんだぜ。金の斧か、銀の斧か。こんな店、はじめて。
もちろんビール代は払ったよ。問題はアスパラサラダ。俺は払うつもりだった。

小さく微笑みながら、おばさんは言う。相変わらず、歯は、ない。
あのね、あとアスパラサラダがあるけど、あれはサービス。オマケしとくね。
えーと、合計で●●円。

伝票あるのに申告制の支払いを済ませて出ようとしたら、おばさんが叫ぶ。
お客さん、消費税!
アマノ、またレジまで逆戻り。電卓を叩くおばさん。ん〜と、消費税込み合計●●円。

支払いを済ませて出ようとしたら、おばさんが叫ぶ。
お客さん、5%だった!
何回もごめんね。私さー、古い人間だから消費税3%で計算しちゃった。
ん〜と、こんどは消費税5%・合計●●円。

支払いを済ませて出ようとしたら、おばさんが叫ぶ。
ありがとうございました!

かくしてアマノは、ようやくレジから解放されたのであった。
ビシッと整列していたウチらは待たされすぎて、もう、ダラダラ状態。
妻は店先にしゃがみこんでタバコを喫っている。ここはコンビニか。

私は、この店を忘れない。決して忘れない。あのおばさんを忘れない。
最後の会計の様子をアマノから聞いて、さらに好きになった。

いろいろ不手際はあったかもしれないが、そばはうまかったのだ。それで、いい。
そして、最後に、アマノの背中に放った、おばさんの「ありがとうございます!」。
この言葉ひとつですべてがOKなのだ。これすら言わない店が最近は多いから。

おばさんは商売の基本に忠実だ。哀しいほどに忠実だ。
めまいして倒れても、不手際を客に笑われても、なお現場に立ちつづける。
職場放棄は絶対にしない。アスパラはサービス。自分のミスはきちんと認める。

とにかく楽しませてもらった。初めての店でこんな大冒険ができて感謝したい。
私は、あのおばさんが、あの店にいる限り、再び行くだろう。
あそこまで身体を張って客を楽しませてくれる店は、ざらにない。実に貴重だ。

クルマに乗り込む瞬間、ウチらにアスパラサラダを横取りされたカップルが出てきた。
お互いに目と目が合う。どちらからともなくニッコリと笑いあい、分かれた。

ほらね、彼らだって決して不愉快には思ってないんだよ。笑ってたもん。いい笑い方。
あの笑いは、おばさんを軽蔑した笑いじゃないよ。彼らも楽しんだに違いない。
いいヤツらだ。こんどこの店で会ったら「アスパラサラダ」をキミたちにおごろう。

伊豆高原に来たら「そばとロールキャベツの店」に、ぜひ、どうぞ。
そして「接客名人のおばさん」と仲良くなって「おばさんファンクラブ」に入ろう。
会員の方だけに、お店の名前・住所・電話番号をお教えします。

これだから、伊豆高原うららか生活は、やめられない。楽しくて、楽しくて…。



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