まえ  つぎ 日記INDEX

7月11日


油断できない、イヤな家だ。

ウチはご存知の方もいると思うが私を頂点として妻&妹の3人家族。
若くもなければ年寄りという年齢でもない。中途半端である。
しかし、揃いも揃ってバカなので、見た目は異常に若い。

毎年、6月に衣替えして10月まではTシャツ短パンの生活である。
いつもそんなナリをしている3人がぶらぶら散歩中、
近所の人と立ち話をすると「皆さん、20代?」と聞かれる。
内心「んなワケ、ねぇだろ!」と思うが、お世辞には笑顔で応えておく。
3人ともお肌の曲がり角はとうに過ぎて、行き止まりである。

ウチは、とにかくウルサイ。こまかい。しつこい。くどい。
そして、相手を徹底して、ののしる、バカにする。軽蔑する。
実にイヤな家庭である。ときどき家出したくなる。泣きたくなる。

●例えばの話をしよう。これは、ほんの一例である。

一巻のトイレットペーパーが最後の役目を終える。新しいのに替える。
いままでお世話になったペーパーの芯だけが残る。問題はこの芯である。
長さ11.2cm、直径3.8cm。筒状のボール紙。
なぜ、こんなに詳しいのか。いま、計測してきたのだ。リアリズム。
ブランドにもよるだろうが、芯の長さや形状に大きな違いはないはずだ。
ま、普通ならこの芯はその辺のゴミ箱にポイと捨てられる。
それきり忘れ去られる運命にある。もう誰も見向きもしない。されない。
ところが、ウチは違う。

この芯をめぐってケンカになることがある。
簡単にゴミ箱に捨ててはいけないのだ。この芯を利用してナニかをする。

先日、妹がその芯を持って私の前に現れた。そして、それを耳に当てて、
糸電話、もしもし…。まだ朝の8時27分のことである。
朝食を終えたばかり。私は新聞を読み、妻はテラスにフトンを干している。
私は、無視する。声もかけない。シカト。相手にもしたくない。
すると妹はガックリとうなだれて、糸電話に見立てた芯を妻に渡す。

こんどは妻である。その場で軽く足踏みをしている。右手は腰のあたり。
手のひらを上向きにして、後ろ振り向く感じ。
「先輩、ガンバっ」などと叫んでいる。私は新聞から目を離し注目する。

リレーのバトンタッチ!

ところが、ここで妹が芯を妻に渡さないで、ぼうーとしている。
バカである。ツッこめないのだ。バトンタッチがわからない。大ブーイング。
妻は妹を怒り、ののしる。早くしてよ! 他の選手が行っちゃうでしょ、バカ!

ようやく気づいた妹はバトンを妻に渡す…。だが寸前でわざとバトンを落とす!
何てことだ。どうした? 私は緊迫感あふれる女子400mリレー決勝に見とれる。
妹は叫ぶ。あ、バトンを落とした。私、アトランタ五輪の陸上選手●●です。
これで私のオリンピックは終わりました。その場にしゃがみ込む。泣くマネ。

芸がこまかすぎるが、まあ、ヒネリが利いている。良しとしよう。
よく見ると、胸のあたりで小さく十字を切っている。バカ!
ここで、私と妻は微笑む。ひと言、ナイス! 妹、糸電話の汚名を挽回する。

いよいよ頂点の男、私が登場する。この前座芸人どもめ。そこを、どかんかい!
私は、いきなり芯を口にくわえ、そのままの状態で真上を見る。
そして、ゆっくりと、ゆっくりと、一回転する…。

次の瞬間、妹が叫ぶ。
艦長、左125度の方向に敵の巡洋艦を発見しました!
私は、潜望鏡である。妻が「52点かな」とつぶやく。

ずーと、昔、このペーパーの芯で、
妹が吹き矢をやったとき、彼女は一週間メシを抜かれた。
脇の下に挟んで体温計…。妻が殴った。我が家の小さな行政処分である。
このようにして、ウチは、突然、ナニかが行われる。
いつ不測の事態が起こるかわからない。身構えていなければならない。
つねに緊張を強いられる家である。くつろげない。家出したい。

テラスで椅子に座り庭を眺めていた。
バラが終わり芯になる花がない庭はどこか素っ気ない。
台風一過の夕暮れ。初蝉がジィと鳴いた。庭に真夏の使者。
昼間の猛烈な灼熱はすでに衰え伊豆高原に涼風が吹きわたる。
あまりに気持がいいので椅子に座り続ける。庭を眺める。好きな時間。

そのとき、シャワーを終えた妻が、ボソッと言う。ロダン「考える人」。
私は、少し前のめりになり、静かに右手で顎を支える…。

ほんとに、イヤな家だ。



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