まえ  つぎ 日記INDEX

7月15日


A君と夜明けの強盗。

あの新聞記事が忘れられない。
ほんとにあった事件を私が現場にいたかのように再現する、

コンビニに強盗である。
こう書くと「猫にカツオブシである」という表現と同じように聞こえる。
ヘンにフィットしている。コンビニと強盗。切っても切れない関係か。

事件現場は静岡県御殿場市のコンビニ。
バイトの店員が最も眠たくなる明け方。
店員のAクンはヒマなのでレジ下で漫画を読んで時間をやり過ごしていた。
日が昇る少し前。緊張感のない、どよ〜んとしたユルんだ、ひととき。

データによるとこの時間帯が最も来店客が少ない。
まもなくすると「作りたて商品」第一便がトラックで配送されてくる。
お弁当、パン、お菓子、お総菜、その他諸々。多忙な朝を迎える。
朝が早い独りモンの職人が作りたての弁当を買っていく…。

そんな時間までは、まだマがある。朝日が昇るまで時間がある。
漫画も読み終えた。退屈。ケースの品物でも整頓するかな〜。

と、立ち上がった瞬間、目の前にフルフェイスの男が立っている。
Aクン、反射的に「温めますか?」。男も反射的に答える「何を…?」
再びAクン。内心しまったと思いつつ「いらっしゃいませー」

おい、金を出せ! 

男の手にはナイフが。

フルフェイスのヘルメットを通して聞こえるドスのきいた声。
固まるAクン。とっさに偶発的事故対処マニュアルを思い出そうとする。
しかし真っ白。これは現実の強盗。Aクン、呆然。まったく動けない。
なんで俺のときに来るんだよ〜。朝8時から勤務のミヨちゃんか、
体格も元気もいい「木村のおばさん」のときに来ればいいのに。

早く金を出せ! 

ちょ、ちょつと待ってください。いま…、は、はい。

通常コンビニは現金が10万円以上レジにたまると奥の金庫に移す。
強盗被害を最小限にするためである。
あのう〜、これ…。Aクンがおずおずと金を差し出す。
金を素早く受け取る強盗。問題はその金額6450円。



中途半端だ! 

実に中途半端な金額だ! 中途半端の代表だ!
6450円。この金額を中途半端と言わずして何というのか。
休憩中の店長がお金を金庫に移したばかりだった。

ふ、ふざけるんじゃねー! 激怒してナイフを突きつける強盗!
大変だ。ただの強盗から強盗傷害事件へと発展する。刑が重くなるぞ。
ナイフの刃が不気味に光る。一触即発! Aクン、血だらけ!
ああ、俺は刺される。覚悟する。目をつむる。
ぶるぶる震えている。恐怖が極限に達する。ナムアミダブツ…。

と思ったら、
強盗がゆっくりとヘルメットを脱ぎはじめた。
なぜ正体を見せるのか。強盗、メットを脱いでもいいのか。
暑いの? 暑くたって、まだ仕事は終わってないぞ。なぜか強盗が謝っている。


す、す、すみません。

ごめんね、ほんとに、ごめんね。
ナイフ? 大丈夫。刺すつもりなんかないから。すみません。
ごめんね。ほんとに、ごめんね。すみません。

Aくん、そうっと目を開ける。強盗が謝っていたのだ。
心から済まなさそうな顔をして謝っている。
すでにナイフはしまわれている。片手に6450円、片手にヘルメット。
すみません。ほんとに、すみません。
ひたすら謝っている強盗。

こんどは彼の方が泣きそうな顔をして謝っている。
Aくん、相手が本気で謝罪しているような気がしたので、
思わず、いや、いいっス。

渡したのは6450円。Aくん、なんだか気の毒になってきた。
こっそり自分のポケットをまさぐる。せめて小銭でもあれば…。
6450円。どうせ店のお金だし、せめて自分のお金を。

Aクンが、モソモソしている間に、ほんとに、すみませんでした!
この言葉を残して強盗は消えて行った。
どこか頼りないバイクの排気音が遠ざかっていく。


夜明けの町に再び平穏が戻った。
ふう〜。大きく息を吸うAくん。冷たい汗をかいていた。
我に返った彼は、あわてて店長を呼びに走る。



静岡県警熱海署は、強盗の疑いで、住所不定、無職●●容疑者(37)を逮捕した。
調べでは●●容疑者は先月31日早朝、
静岡県御殿場市のコンビニ店で、店員に刃物を突きつけて
レジにあった現金などを奪った疑い。


新聞は気の弱そうな「すみません強盗」と報じていた。
あれから4日後、店長から犯人逮捕の報告を受けたAくん。
いまも深夜から明け方の時間帯でバイトを続けている。
ポケットに小銭がなかったことを少し後悔している…。
御殿場の街に朝日が射しこむ。

人々が動きはじめる。また、いつもの一日がはじまる。
梅雨空の厚い雲間から富士山がほんの少し顔を出して、
にっこりと笑った。



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