まえ  つぎ 日記INDEX

8月12日


真夏の夜空を翔る流星と孔雀。

ペルセウス座流星群である。
星好きとしては天城山へ行かなければならない。
何があろうと行かねばならない。
真夏の風物詩と言われるペルセウス座流星群だ。

夜8時頃、ウチのテラスから流星が2つ3つ見えた。もう、始まっている!
しかし、あれは前座の流れ星だ。お客を呼び込むための星に違いない。
これから真打ちの流星が登場するよ。バンバン流れるからね。
見ないとソンするよ。さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
前座の流星が、ものすごいスピードで流れながら叫んでいる。
真夏の夜空が、私たちを誘う。行かなければならない。

ところが。

妻はレンタルビデオ2本の返却期限が明日までなので、
今夜、一気に見ないと間に合わないから行かない。イチ、抜けた。
妹はパッチワークの宿題が終わってない。先生に叱られるモン。
流星は見たいけど今夜はパスしま〜す。ニ、抜けた。

二人が抜けた。3-1=私ひとり。いいさ、男は孤独なものさ。
コーヒーを魔法瓶に入れて、虫除けスプレー、マグライト、
肉眼でも流星は見られるがプロっぽく天体望遠鏡を用意した。

深夜に出かける予定だったが、そんな時間まで待てない。
23時、ひとりで出発した。ロンサム・スター・ウォッチング。
天城山に行く途中、少し開けた場所がある。標高1000mあたりか。

街を見下ろす位置である。眼下に伊東の町・港・漁船などの灯りが見える。
流星のピーク時まで時間があるので車を駐めて夜景を楽しむことにする。
ここから20分も走れば目的の鑑賞ポイントに到着する。余裕だ。
微かに揺らぐ街の星々が遠くに見える。どうだい、オツなもんだぜ。

ここで一杯目のコーヒーを飲む。キリマンジャロ。
天城山で飲むキリマンジャロ。伊豆とアフリカの勝負。オツなもんだ。

ヘミングウェイ「キリマンジャロの雪」という小説がある。
その山頂には大きな豹の死体があった。有名なシーンだ。
では天城山の場合、頂上を目指してどんな動物が登るのか。
私は「伊豆シャボテン公園」から脱走したクジャクに登って欲しい。

晩秋の天城。皓々と冴え渡る巨大な月。頂上には孤高の孔雀。
深夜、美しく着飾った羽根をいっぱいに広げる。
万華鏡のようなその羽根は、月の光りに反射して、さらに煌めく。

月下の孔雀は、ひときわ大きく輝くシリウスに向かって言う。
やっぱ、俺って、きれい? どっちが美しいか勝負しないか。

するとシリウスは言う。
お前の羽根は美しいが、瞳は薄汚れているぞ。
男が競わねばならないものは、もっと他にあるだろう。

孔雀は聞く。それは何か? 
シリウスは答える。もちろん、切れに切れるシャレとトークだ!
私は全宇宙の星々を集めて「芸人養成講座」を主宰している。
気が向いたら入門してみないか。秋のコースはまだ空きがあるぜ。

ただ美しいだけの孔雀が聞く。
シリウス、あなたは最も美しく輝く星だ。他の星たちの憧れの的だ。
30代人妻カケオチ志願の星たちは、みんなあなたとカケオチしたがっている。
流れ星。あれはカケオチしていく星ではないでしょうか。
あなたは美しい上に、シャレやトークも切れる。天下天上無敵の男ですね!

シリウス:ああ、そうともさ。だが、カケオチだけはいまだ成功しない。なぜかな。

孔雀:それは、おいらにはわかんないっス。


またもやこんな妄想に耽っているときだった。
私の視線とほぼ水平の位置に、天空の使者、流星が見えた!
でかい、異常にでかい! 続けざまに見える。
ヒューーン、ヒュルルルーーー〜〜ーーン、ヒュン!
流星が超高速で降下する音、大気との摩擦音が聞こえた。大迫力だ。

間違いない。北東カシオペア座方向である。
こんなことは獅子座流星群のときですらなかった。言葉を失う。
バカ女ふたりめ。これを見ないで何を見るのだ。流星ショーの独占桟敷だ。

3分ほどのマがあってから、またも先ほどより一段と大きな流星。
ヒュルルルーーー〜〜ーーーーーーーーー、バーーン!

ん? ん? バーーン? なに、いまのは? バーーン?

流星の大爆発か。ちゃう、ちゃう! 
賢明な読者でなくても、この日記の愛読者ならすでに察しがついている。
そう、花火。よく見るとその流星は下から空に向かっている。登る流星。
冗談じゃネーぞ、まったく。花火かよ。ファイアー・ワークス。

ま、すぐに気づいたけどね。行きがかり上、ここまで引っ張ったってわけ。
天城の別荘に遊びに来た人が打ち上げた花火だろうね。
改めて空を見ると曇っている。星などひとつも見えない。
東海地方は晴れて流星がよく見えます。ニュースで言ってたぞ。

シャクにさわるので二杯目のコーヒーを飲む。
なんか、もう、どうでも良くなってきた。眠くなった。帰ろうかな。
うん、帰ろう。テラスから見た3つの流星。今回はあれで、いいや。

一台も車が通らない天城の山道を猛スピードで駆け下りた。
5分ほど走って大きなカーブを曲がった瞬間だった。
突然、ハイビームライトの中に浮かび上がる一羽の孔雀。

それは道路の真ん中に立ち、悠然としていた。
最強最大の力でブレーキング。タイヤが焼け焦げる。白煙が上がる。
間一髪、間に合った。車のノーズから5cmの距離にヤツはいた。

私は怒鳴る。道の真ん中に立つな! 死ぬぞ!
孔雀は大きな羽根を広げながら言った。
美しいだけの男は、若いときはいいけど、トシを取るとツライです。
これから天城の山頂でシャレとトークの修行をして参ります。

私は何も言わずにそこを立ち去った。
そして、古いCDをかける。あの曲が流れ出す。
♪見ぃ上〜げてごらん〜 夜の星を〜 小さな星を〜〜♪


1985年8月12日。御巣鷹山の尾根に日航ジャンボ機が墜落。
歌手坂本九、死亡。悲惨な事故から17年が経過した。黙祷。



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