まえ  つぎ 日記INDEX

●夕暮れの逆上がり

誰もいない小さな公園。長い長い影が落ちる夕暮れ。

鉄棒の段差が子供の成長を促しているように見えた。

光りと影が良かったので撮影していると、

10歳前後のやせた少年が来て逆上がりをはじめた。

小さな手が冷たい鉄棒を握る。逆手。細い腕がしなる。地面を蹴る。

空中に突き上げる両脚。握った鉄棒を胸にグイと引きつける。

みごとな逆回転をして少年は鉄棒の真上にいる。

両腕をピンと伸ばして上半身を支えている。その顔は誇らしげだ。

何回も何回も逆上がりをする少年を真正面から照らす夕陽。

私は見て見ぬ振りをしていたが、少年と目があったので声をかけた。

鉄棒が得意なのか?  うん!

ほほう。普通はサッカーとか野球だろ。なんで鉄棒なんだ?

鉄棒は、ひとりでも、できるから。

独り遊び。この少年をいいと思った。同じ独り遊びでも家にこもらないのがいい。

よく見ると少年はやせているのではなかった。柔らかそうな筋肉があった。

引き締まった中身の濃い身体。うむ、キミはすでに体操選手だ。

こんどは大車輪に挑戦してみなよ。

彼は迷わずに答えた。うん、やってみる! 全身がキラキラしている。

物怖じしない気持ちのいい男だ。よ〜し、まずは日体大に行こう。

そして、アテネだ。ギリシャまで応援に行くぜ。エーゲ海で乾杯だ。

冷たい風が吹いてきた。遠くでチャイムが鳴っている。

ちょっと照れくさかったが軽く握手して別れた。

小さな手のひらに、小さなマメがあった。



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