まえ  つぎ  日記INDEX

7月6日


金魚の柄の江戸風鈴を眺め、軽やかなガラスの音を聞く。
薄いガラスに描かれた黒と赤の金魚。
高原の風に吹かれて、くるくる回っている。
飽きもせず、疲れも知らず、死にもせず、回転する金魚たち。

天城から吹き下ろす夕風が、湿った昼の空気を追い払い、
新鮮な純粋酸素を刺激して、健やかな電気を生み出し、
滋養たっぷりのサラサラ・オゾンが誕生する。
オゾンの化学記号「O3」が見えるようだ。

昔ながらの江戸の音が、初夏の別荘地に響き渡ると、
私は、すこし寿命が延びた気分になる。
乾いた風鈴の音が、夕闇を静かに差し招くと、
食卓には今夜も切り干し大根、納豆、ヒジキが並び、
妻も妹も押し黙ったまま貧相な食事にとりかかる。

深夜、風鈴が鳴る。ちりん。

近所に老人がいる。
子供や孫が夏休みに遊びに来ることだけを、
生きる歓びにしている。
80歳はとうに過ぎた依怙地なジイさんだ。

ひとり暮らしの老人も風鈴の音を聞く。
繊細なガラスの音が、老人に問答無用で詰め寄る。
今日と何も変わらない明日を生きるのか。それで生きているつもりかと。
ジイさん、ますます眠れない。

街灯ひとつない森の中の一軒家。濃すぎる闇。
寝つけないまま庭に出てみるが、悪心を含んだ夜風にあたり、
痛風が、ちくり、ちくり。
ジイサン、いつもの強気な姿勢はすっかり陰を潜め、
闇夜が吐き出す死の気配に怖じ気づく。

梅雨の晴れ間の深夜。
ジイサンは開き直る。なーに、明日は明日の風が吹くさ。
死ぬのが怖くて生きてられるかい!

さ、ションベンでもして寝るかと、
年を取りすぎたことに些かウンザリしながら、
とぎれとぎれの小便を星空の下へ放つ。そうか、明日は七夕か。

そんな老人を見て、風鈴が笑う。ちりちり、ちり〜ん♪
そんな老人を見て、暗闇が頷く。生きろよ、生きろよ♪



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