●8月11日
真夏の快楽の極み。昼寝から目覚めてテラスに出る。
最近、極端に本数が減ったタバコを吸う。うまい!
吐き出す煙の向こうに白い月、真っ青な空。
紺碧、紺青、群青、ダークブルー。とにかく濃いブルーの空だ。
表現のしようもない青空に白い月が見える。
昼の月は、どうも苦手だ。
何か見透かされているようで、盗み笑いをしているようで、
小馬鹿にされているようで、どことなく高飛車な顔つきで。
ちょいと高慢ちきな白い月に向かって言ってやる。
お前は、何様だ? 言いたいことがあるなら、
はっきりと言ったらどうだ?
月は青空にへばりつくでもなく、寄りかかることもなく、
超然と独り空中に浮かび、私の難癖には耳を貸そうともしない。
へん! 乙に澄ましていやがる。
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月を相手に毒づいても仕方ないので、
楽天ショップから届いた「もぎたて直送トウモロコシ」を頬張る。
決して房は大きくはないが、うまい! うまい!
太陽の恵みとトウモロコシ畑を吹き抜ける風が、
確かに一粒一粒に凝縮されているようだ。
むしゃぶりつく。あぐあぐと食べる。
つづけて3本食べた。あー、うまかった!
奥歯にカスがひっかかるのが、ちょっと難点だけど。
トウモロコシを指で一粒ずつ几帳面に取って食べる人がいるが、
そういう人は反省してほしい。
手づかみで遠慮なくワイルドに食らいつくのがトウモロコシだ。
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こんなランチの風景を見ることがある。
ありふれた定食屋で土木作業関係の男たちが、
上半身裸になってカレーを食べている。真夏だ。
小さなテレビには「笑っていいとも」が映し出されており、
やけにボリュームが大きい。大きすぎる!
彼らは大盛りカレーを片肘をついて掻き込むように食べる。
赤銅色に灼けた太い首にタオルをかけている。
飲み込むようにしてあっという間にカレーを食べ終える。
セルフサービスの水をガブガブ飲む。
ヒタイの汗がビニールを敷いたテーブルに落ちる。
カレー臭い息を大きく吐く。ふう〜〜〜〜!
と、つづけてラーメンが運ばれて来る。
これも同じようにあっという間に平らげる。
最後のスープをズビッと飲み終えると同時に、
テーブルに代金を置いて立ち去る。でかい背中だ。
パイプ椅子をきちんとテーブルに収めて。
大盛りカレー&ラーメン、混み合う定食屋、早食いの作法。
すべてが完璧だと思った。
次の客が待ってるのに食べ終えてからも、
悠然とスポーツ新聞を読むようなバカは誰ひとりいない。
肉体労働者が集う定食屋のランチは、かくあるべし!
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見上げると白い月がじっと私を見ている。
そして、言った。
こう見えても、オレは、重く浮いているんだぜ。
お前は、どうだ?
ただ無意味に浮いた暮らしをしているだけではないか?
私はトウモロコシの芯を一本つかみ、月に向かって投げた。
月のくせに生意気なことを言うな。
お前なんか太陽がなくちゃ輝けもしないくせに。
俺たち人間は、独力で光ることができるんだぜ。
真夏、汗をダラダラ流して大盛りカレーに食らいつく。
太い首や、でかい背中から流れる汗は、金色だ。
人間の雫は、いつだって光り輝いているんだよ。
どうでい! ざまーみろ! 何とか言ってみろ。
月は悔し紛れにボソッと言う。
ふん、お前の頭頂部は確かに独力で光ってるわなー。
自然発光ってやつかい? けけけ!
すかさず二本目のトウモロコシを思い切り投げつけたが、
ハナミズキの緑陰で長い午睡をむさぼっている、
ワイルドストロベリーの葉群れにボタリと落ちた。
夏ウグイスが、高い杉のてっぺんに陣取って、
月に向かって縄張りを主張して鳴いている。
釣り忍が午後の風に少し揺れている。
今年も光ることはなかった蛍籠が野鳥の巣箱になっている。
糸トンボがすうっと夏の真ん中を横切って行く。残像さえも美しい。
真夏の花、合歓の木に薄紅色の花が独特の形で咲いている。