まえ  つぎ  日記INDEX

●12月30日 片眼の黒猫


伊豆高原には野良猫が多い。

独り暮らしの老人が死ぬとそのまま捨てられる。だいたいがこのパターンだ。

運良く遺族に引き取られる確率はとても少ない。

なにしろ飼い主自体が子供や孫に棄てられたも同然なんだから(本人は強く否定するが)、

残された猫の面倒をみるなんて冗談じゃないというわけだ。


昨日、ときどき見かける野良の黒猫が庭に入ってきた。

サザンカの花殻を拾う私の2m横を歩いている。

臆する様子はない。堂々とした振る舞い。

実はこの黒猫は数少ない私の友人である。

右眼が醜く潰れている。雌を奪い合って激しい闘争をしたのか。

はたまた自分より弱い動物に暴力を振るう、

人間のクズから理不尽な虐待を受けたのか。

黒猫は隻眼のハンディキャップをものともしないで、

伊豆高原の広大な森や過疎の別荘地を自由に歩き回っている。

左目で見るべきものを見つめ、見えない右目で感じるべきものを感じ、

闘うべきときは死を賭して闘い、日々の糧を独力で求め、勝手知ったる土地を徘徊する。

猫好きの老人にすり寄って甘え声でエサをもらう。

そんな無様なマネはしない。


黒猫は人間とのつきあいは懲り懲りだと思っている。

自給自足の精神に則って我が道を行くことに決めた。

主人の不幸と引き替えに明日をも知れぬリスクを背負ったとしても何ほどのことがあろうか。

死と隣り合わせのスリリングな生活。望むところだ。

完全に解き放たれた者にだけ自由という名の究極の幸福がある。

彼はがりがりに痩せている。毛艶も悪い。シッポにも大きな傷がある。満身創痍だ。

それでも片眼は炯々と光り輝き、四肢はしなやかに大地を踏みしめ、

目と耳と鼻が捉えた獲物は一発必中で仕留める。

ヤマモモの実をついばむ間抜けな野鳥たちを黒猫が狙っている。

音も立てずに近くの屋根に上がり、低く身構えながらにじり寄り、

ものすごいジャンプをして食らいつく。

そんな瞬間を2回も見たことがある。お前は、蛇のような黒ヒョウ!

●爪のお手入れは欠かしません。まにきゅあ♪

隻眼の黒猫は、私に言う。

年末にあたり、お前に言っておきたいことがある。

得体の知れぬ強者の声などハナから聞く耳を持つな。

誰かわからぬ識者の空論をさらりと聞き流し、

重厚ぶってはいるが実は軽薄の思想を笑い飛ばせ。

聞くべきは自分の声と、信じるに足るM氏とRさんの声のみ。

その声に真っ正直に反応して果敢に行動する。

まっさらな心でその声と向き合え。

さらに黒猫は、こうも言う。

貴様は国士無双になり得ているか。

真の傍若無人を標榜しているか。

埒外の動物にふさわしい実直な孤高を保っているか。


私は黒猫の言い分をとくと聞いたあと、こう言った。

そんなこたぁ、どうでもいいんだよ。

どう生きようがオレの人生だからな。好きにするさ。

黒猫! オマエこそ、ぽっくり、いくなよ。

来年もこの庭で会おうぜ。




まえ  つぎ  日記INDEX

inserted by FC2 system