9月20日●係いわし雲に乗って
有情の白と無情の青が、空一面に広がっている。
こんな空を見ると、どこか遠くへ出かけたくなる。
うろこ雲、いわし雲、さば雲、ひつじ雲、高度12000mの巻積雲。
切れ切れの雲の下では、早くも金木犀の香りが流れ、
トンボが円を描いて飛び、その真ん中を花蜂がくぐり抜ける。
昼寝をしていたコオロギは、栗が落ちる音に目を覚まし、
色づいたウルシの葉陰に身を隠す。
ススキが天城山に向かって光りの穂を大きく揺らし、
カマキリが友愛の情で結ばれた秋薔薇を見上げて別れの挨拶をしている。
超人的な跳躍力でいわし雲に飛び乗ったバッタは、
そのまま雲伝いに跳ねて大室山の頂上に着地する。
赤トンボの背中に乗せてもらった遊覧飛行中のアリが、
時季はずれの真夏日に歓呼の声をあげる。
賢い秋風が軽薄なアリを静かに諫め、
有無をも言わせず夏の彼方へと連れ出してしまう。
大室山山頂に立つバッタは、ありふれた幸福と、
ありふれた日常を希う、伊豆高原の住人に叫ぶ。
秋は、死のはじまりだ!
爪切りで切られたような月齢2日の細い月と地上の銀杏が、
何事かを囁き交わし、万物を秋の奥へと誘い込む。
茶色の斑点が目立ち出したギボウシの老いた緑葉は、
庭の主人にお役ご免を願い出るが、脳天気で無慈悲な主人は、
主役たる者は霜が降りるまで頑張るべきだ、と無理難題を押しつける。
ありふれた9月20日の午後、彼岸入りの一日。
清爽な風と光り、いわし雲、秋の匂い、季節の終わりとはじまり。