●2005年12月29日:偉大なる放浪者・エミュー
この前は「皇帝ペンギン」の話題だったが、きょうは「エミュー」のお話。まずはエミューのプロフィールから。
ダチョウじゃないよ
ヒクイドリ目、エミュー科。オーストラリア全土の乾燥した草原に生息する。
草、花、若芽、果実、種子、昆虫など何でも食べる雑食性。
1回の産卵7〜20個。孵化日数56日。
体型はダチョウに似ているが、足の指はダチョウが2本に対して3本である。
ダチョウに次いで大きな鳥。飛ぶことはできないが時速60kmぐらいで走る。
全長170cm、体重65kg。エミューの肉は低脂肪、低カロリー、低コレステロール、高蛋白でヘルシー。
性格がおとなしく扱いやすい。21世紀の食肉として注目されている。
オーストラリアの国鳥。元おにゃんこ・国鳥さゆり。
これをふまえて。
「飛べない鳥・エミュー」というテレビ番組を見た。エミューは餌を求めて広大なオーストラリア大陸を放浪する。
ひたすら歩き続け、走り、彷徨い続ける。その距離たるや皇帝ペンギンの比ではない。
ある日、からからに乾燥した草原のどこかで、オスとメスが出会い、恋をする。
卵を産む。ここまでは皇帝ペンギンと同じ。
問題はその後だ。
●
卵を産み落としたメスは、さっさとどこかへ旅立ってしまう。
皇帝ペンギンのように猛烈な寒さに耐えて、温めようともしない。
産みっ放し、ほったらかし。呆然と立ちすくむオス。
あけみちゃん、それはないだろ。産みっ放しで行っちゃうのかよ?
ばい♪
オレたち新婚旅行も行ってねーじゃん。
ひとりで行けば。
そんなツレないこと言わないでさ、笑いの絶えない楽しい家庭を築こうよ。
やだ。
大晦日は家族そろって紅白歌合戦を見てさ。年越しそば、食べようよ。今年は「みのさん」が司会なんだぜ。いっしょに見よ、ね、ね。
ガーンと盛り上がった紅白のフィナーレ。一転、妙に静かな「ゆく年くる年」。除夜の鐘が、ぐおーーーーーん。
これ見てるとさ、いつのまにか12時過ぎちゃうよね。
気がつくと元旦。あけましておめでとう。本年もよろしく。
そうだ! お正月は箱根に行かね? 駅伝を応援しようよ。楽しいよー。温泉に入って、うまい料理を食べて、極楽、極楽♪とか言って。
ハワイじゃなくても箱根だっていいよね。のんびり温泉。うん、決まり♪
写真もいっぱい撮ろう。おみやげに小田原でカマボコを買って帰ろ。あけみちゃん、カマボコ好き? オレも好き。とくに紀文のカマボコ。
紀文イレブンいい紀文♪ なんちゃって。
男の子が産まれたら「紀文」て名前にしね? 女の子は「はんぺん」。どうよ?
たく夢が広がるよなー。たまんねーな。夢があるっていいよなー。I have あ ドリー夢。
I have あ ドリー夢。
I have あ ドリー夢。
って、オレはキング牧師かよ? ひとりでツッこんでるじゃん。
え、仕事? いいって、いいって。だからぁ、あけみちゃんは仕事をやめて、家庭を守ってほしいわけよ。
医療事務のバイトはやめてさ、子育てに集中してほしいわけよ。
どうしてもって言うなら週3日くらい働いてもいいけどさ。
オレの給料、たいしたことねーしさ。住宅ローンとかもあるし。
ことし卵を17個も産んだろ。17つ子ちゃん。教育費だってバカにならねーよ。なのに先月、ヴィッツ買ったじゃん。あのローンだってあるし。
あけみちゃんがミラジーノは可愛いけどパワーがないとか言うから、
無理して買い替えたじゃん。60回の5年ローン。
景気は上向きとか言うけどさ、地方はパッとしないよな。年末年始の旅館は満室だけど、商店街なんか寂しいよ。シャッター閉鎖通り。
それなのに住宅・クルマ・教育ローンの三重苦。ヘレン・ケラーかよ。
だから、あけみちゃんのバイト代を入れてもらえば助かるわけよ。家計的にも。キミって、けっこう派手好きじゃん。ブランド好きつーか。
ブルガリのリング、いくつ持ってる。12個ぉ? はっ!
どーすんだよ、そんなに。おはじきでもやるのかよ。
肩に貼ってピップエレキバンてか? たくよー。
オレだって欲しいもの、あるんだぜ。まだ19歳。遊びたい盛りだもん。
キャバクラとか錦糸町あたりの風俗に行きたいもん!
だけどよー、あけみちゃんと結婚したわけだろ。責任ってものがあるじゃん。
一家の長として、大黒柱として、家族を支えてるわけさ。
こういうの、人柱つーの?
そりゃ、欲しいものあるよ。三菱ふそうの大型トラック「ファイター」。会社でこき使われなくてもフリーで運送の仕事ができんじゃん。
日本全国を走り回ってさ、稼いで稼いで稼ぎ倒して、大金持ち。
そのうち豪邸を建てるよ。豪邸訪問させちゃうよ。
イタリア製の本革ソファを置いて、ぬめぬめ系のガウンを着て、あかあか燃えるガス暖炉。
ヨークシャテリアを抱きながら「地下室も見てください」とか言ってさ。
しつこいようだけど、オレだって欲しいものはあるよ。なんせ19歳。そこをグッと抑えてるわけよ。我慢してるわけよ。
オレたち若くして結婚しただろ。両親が大反対した若すぎる結婚。
オレって眉が薄いだろ。元ヤンキーじゃん。箱乗りじゃん。
べたっとヤンキー正座します。 ←正座かよ。シビれるじゃん! ひとりでツッこんでるじゃん。
まあ、いいってことさ。とにかく金はオレが稼ぐよ。ローン返済、がんばるよ。
あけみちゃんも働きたければ働いてもいいけどさ。
でも本音を言えば、やっぱ家庭に入ってもらいたいわけよ。
掃除・洗濯・料理。そして子育て。趣味のバレエ教室とバドミントン。
ノーパンに短いエプロンで、自慢の手料理とか作ってほしいわけよ。
茶碗蒸し、きんぴらゴボウ、煮物、キムチ鍋、オムライス、具がまん中にある太巻きとか。
あ、ロールキャベツも食べたい! どうよ? どうよ?
冬はボルシチって手もあるわな。ウォッカなんか飲んじゃってさ。クチから火ぃ吹いたりして。こういう大道芸、あけみちゃん、好き?
思い切ってロシア風の家庭にするわけさ。がらりと家風チェンジ。この際、名前も変えちゃうぞ。
オレは「ピョートル3世」。キミは「エカテリーナ2世」。豪華だよなー。
そっか、もっと庶民的な名前にしようね。キミは「つけチクビ・シャラポワ」。可愛いもん。シャラポワって、良くね?
オレは「コンスタンチン・ガヴァリロヴィッチ・アンドレアノフ」。
いそうでいないロシア人。どうよ?
でさ、何かつーと、コサックダンスを踊って、屈伸運動して、膝を痛めて…。おやつにピロシキ食わね? 風呂敷じゃねーよ、なんちゃって。
うるさい! しゃーらっぷ!じゃ、私は行くから。バイ♪
あけみちゃーーーん!
●以上のような会話があった後、メスは何処へともなく去って行った。
残されたオスは寂しさを紛らわすために、孤独を噛みしめながら卵を温める。
男の意気地か、父親の矜持か。消すに消せない父性本能の成せるわざ。
笑いの絶えない明るい家庭は、蜃気楼のように消えてしまった。
ああ、愛は陽炎。求めても求めても手に入らない恋の逃げ水。
追えば切ない別れがつらい。あなたの面影が、愛しくて、恋しくて…。
そして、56日が過ぎた。雛が誕生する。みんな元気だ。ぴよぴよ、ぴよぴよ。
エミューの雛がすごいのは、産まれてから一度も親から餌をもらわないことだ。
誕生した瞬間から、自立の道を歩み出す。
生きることの意味をすでに知っているエミューの雛たち。
おぼつかない足取りで、そのへんの草を食べ、泥水を飲み、昆虫の死骸を食べる。
なぜ親は餌を与えないのだろう。不思議だ。
やがて、雛の脚力が長旅に耐えられると判断したオスは、
ぐっと空を睨み、風を読み、見晴るかす地平線の彼方に向かって歩き出す。
雛たちを引き連れての人生をかけた大移動がスタートする。
ここにはめぼしい食べ物がない。すっかり食べ尽くしてしまった。
乾燥した草原地帯は雛が育つにはあまりにも苛酷だ。
エミューは豊富な餌がある場所を求めて、つねに動きつづける。
永遠の放浪者エミュー。新天地を求めて父と子の旅がはじまる。
心温まるシーンがあった。親とはぐれた子供が砂漠を彷徨っていた。がりがりに痩せている。死の寸前。
と、先ほどの19歳ヤンキー上がりのオスは、
ためらうことなく家族の一員として歓迎し、食べ物が豊富な土地へ導いていく。
見て見ぬふりをしない19歳のオス。さらりとした博愛。立派だ、実に立派だ。
他人の子供には絶対に餌をあげない、あの冷酷なペンギンとは大違いだ。
一生のうち同じ地面を二度と踏まないというエミュー。草原や砂漠の環境は激しく変化している。
去年あった豊かな草原が今年もあるとは限らない。
だから同じパターン、同じルートで移動していては生きていけない。
エミューは全身全霊で自然を感知しつづけ、生きるための旅をつづける。
一年で2.3日しか降らない砂漠の雨。
いつどこに降るかわからないのに、その雨をみごとに捉えるエミュー。
エミューの旅を追っていたカメラは、砂漠の真ん中で、干天の慈雨と遭遇し、
突如として出現した色とりどりの花畑に出会う。カメラマンは奇跡のようだと呟いた。
エミューは、神の寵愛を得た、放浪の申し子。
●
17つ子ちゃんが産まれた草原から1200kmほど離れた遠い場所。
メスが恋をして、結婚して、卵を産んだ。
その30分後、メスは卵をほったらかして、どこかに消えた。
銀色の新車ヴィッツに乗って…。
彼女は角が丸い小型の名刺を置いていった。いい匂いがした。
人妻パブ「つけチクビ」 しょーわる・あけみ(36)
オスは呆然としながらも、しぶしぶ卵を温めはじめた。
彼は17歳の未成年。途方に暮れている。
と、そこに新車の三菱ふそう10トントラックがやって来る。
朝日を浴びて黄金色に輝くボディには「あけみ命・やんきー参上!」と大書してある。
いなせなトラック野郎が顔を出して青年に言った。
にーちゃん、お前も大変だよな。元気出せや。雛がかえったら乗せてやるよ。いいってことよ、遠慮すんなよ。
みんなで楽しい旅をしようじゃねーか。
オーストラリア全土をくまなく巡る一生の旅(添乗員は随行しません)。
こうして見れば広大なオーストラリア大陸も、オレたちには狭いぜよ!オーストラリアの富士山・エアーズロックも、オレたちには低いぜよ!
オーストラリアの九十九里・ゴールドコーストの波も、オレたちにはチョロいぜよ!
勤王の志士よ、よく聞け!コアラ&カンガルー幕府は終わったぜよ!
いま、まさにエミューの夜明け! エミュー維新ぜよ! 坂本さん! 西郷どん!
長い間、コアラとカンガルーに虐げられてきた我らエミューは、
ついに立ち上がるときが来たぜよ! 大政奉還のときぜよ! 高杉しゃん!
オレが乗るトラックは時代を劇的に変える黒船ぜよ! 松陰先生、見てますかぜよ!
そりゃ、メスは産みっぱなしで楽ちんさ。オスは苦労の連続だ。だがな愚痴は言いっこなしだ。青年、前向きに行こうぜ。
家事育児すべて引き受けて放浪する。こんな楽しいことはない。
定住しない気楽な生涯。根無し草、デラシネ、浮き草人生。
丈夫な脚があればどこにだって行ける。時速70kmでひとっ飛び。
新婚旅行も知らないオレたちだけど、
しょーわるな新妻に捨てられたオレたちだけど、
キャバクラも錦糸町の風俗店も知らないオレたちだけど、
これはこれで良かったんじゃないか、ええ。
自由奔放なメスたちの生き方も羨ましいとは思うが、
オレは男に生まれたことも、父親になったことも、後悔してないぜ。
ばついちパパってのも、案外、楽しいと思わないか。
なあ、にーちゃん。
さあ、歌でも歌いながら陽気に行こうぜ。新天地をめざして、
れっつ・ごーごー!
■偉大なる放浪者エミューに、この歌を捧げます。♪♪♪
つきのさばくを はーるばるとぉ
たびのえみゅが ゆーきましたぁ
きんのトラックには 父子づれぇ
ぎんのヴィッツには あけみちゃん
ふたつ ならんで ゆーきました
ひろいさばくを ひーとすじにぃえみゅはどこへ いくのでしょう
おぼろに けぶる つーきのよを
ふたつの くるまは とぼとぼと
さきゅうを こえて いきました
だまって こえて いきましたぁ
おわり