まえ  つぎ 日記INDEX

2005年5月16日 かもん! シャリマール


イージマという友人がいる。千葉県に住む年下の男だ。

イージマは酒屋の若旦那。

本人は「オレは経営者。世間でいうCEOだ!」と豪語しているが、

仕事は店番と配達。バイトの青年とたいして変わらない。

彼の店には、以前より少なくなったけれど、

フィリピン、タイ、イラン、バングラディシュ、パキスタン等々、

アジア系の出稼ぎ外国人が頻繁に来店する。いちおうインターナショナルな酒屋である。


昨年7月のことだ。暑い暑い夏だった。

イラン人とおぼしき男がやって来た。

のそっとビールを3本差し出した。

友人がレジを打とうとした、そのとき、男が言った。


あっ、焼酎も買うよ。

ちょいと、お待ちなさい!

買い足すので会計を待ってくれという意味か。

ずいぶん丁寧な命令形だこと。ほのぼの命令形。ちょいと、お待ちなさい。

友人はその言い回しがおかしくて、他に客がいなかったので少し話をした。

彼の名前は「シャリマール」。

イランに妻子を置いて2年前に日本に来たとのこと。

関東周辺であらゆる仕事してきたらしい。32歳、B型、乙女座。


それから3日後のことだ。

またシャリマールがやってきた。こんどはカウンターに大量の缶ビールを置く。

キリン・サッポロ・アサヒ・サントリー・えびす…。

銘柄当てクイズでもするのか? それともアパートで合コンか?

きょうは焼酎は要らないの? と友人が聞く。

するとシャリマールが答えた。焼酎、お見舞い申し上げます。

ぶぉっふぉ!(長瀬虎児ふうに)

イージマがレジを打とうとした、そのとき、シャリマールが言った。


あっ、じゃすと・コーランタイムです。

ちょいと、お待ちなさい!


メッカの方向を磁石で確認するやいなや、布を鞄から取り出してその上にひざまづく。

居合わせた他の客は、呆気にとられて祈りを捧げるシャリマールを見守るばかり。


アラーの他に神なし。ムハンマドはその使徒なり。

アラーの他に神なし。ムハンマドはその使徒なり。

アラーの他に神なし。ムハンマドはその使徒なり。

あーめん!


ん、アーメン? イスラム教なのに? どゆこと、それ? 

シャリマールはにっこり笑って、細かいことは気にせんでも、よろし。

ずいぶんフレキシブルな男だ。

シャリマールの仕事は、ホームセンターの駐車場係だ。12月までの契約らしい。

友人はシャリマールの仕事場を見たくてホームセンターに出かけた。

別に買い物があったわけではないので、適当にそのへんに駐車してシャリマールを探した。

駐車場入口の警備ボックスは空っぽ。あちこち探したが、どこにもいない。おっかしいなー。

店内の仕事に変わったのかと思い、広ーい店をうろうろしていると、

突然、大音響のアナウンスが流れた。チャイムなしで、いきなりの大声。

それは聞き覚えのある、あのシャリマールの声だった。

お客様に申し上げたい!

至急、お車の移動をお願いするよ。そこ、駐車場ではない。

千葉ナンバー ○○○-○○○○

銀色のフェァレディ…、フェァ… レディ…、

フェァレディ乙(おつ)のお客様ぁ、至急移動をお願いする。


イージマは驚いた。それ、オレの車じゃん! なんてこったい!

それにしても、シャリマールったらぁ。

Z(ゼット)を教えた通りに、(おつ)って言ったりして。ニクイ男だ♪

彼はシャリマールのことが大好きになった。仕事場でも笑いをとる男。ないす!

もっとも勝手に場内放送をしたので、あとで主任から長々とお説教を食らったらしい。

その後、イージマとシャリマールは、とても親しくつきあうようになった。

九十九里の浜辺を散歩した。小石を海に投げあった。砂のお城を造った。

海に潜った。砂の中にも潜った。このままアルゼンチンまで行けるか競争をした。

夕陽に向かってダッシュした。こいつぅー♪と言って、オデコをつつきあった。

スマトラ沖のツナミ被害者に黙祷を捧げて、サザンのツナミを歌った。

自転車に二人乗りして夏の風を切った。校則違反と知りながら。

映画を観た。西船橋&西川口でストリップを見た。絵本を見た。

自宅に招いて夕食をご馳走した。彼のアパートに招かれてカップ麺をご馳走になった。

近所のスナックに飲みに出かけ、カラオケにもつきあった。


ところが九十九里に秋風が吹く頃、ふいに彼の姿が見えなくなった。

昨年10月のことだ。シャリマールがいない寂しい九十九里浜。

アパートの大家さんを訪ねると、いきなり契約を解除したという。

もちろん、引っ越し先もわからない。

シャリマールと親しいアジア系の友人に尋ねても、誰も行方を知らない。

彼は、消えてしまった。

今年の5月、一週間ほど前のことだ。

イージマに手紙が届いた。シャリマールからだった。

見たこともないヘンな切手が貼ってあった。知り合いに翻訳を頼んだ。


以下、手紙要約。

はいけい

新緑の候、皆様にはますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

酒屋のイージマさん、お元気ですか。わたしはシャリマールだ。

在日中はいろいろありがとう。お世話になりました。

楽しいひとときを過ごしたです。本当に喜んでいる自分がいます。

奥様の心のこもった手料理を賞味することができた。美味しいね、美味しいね。

貴兄から、その旨、奥様(2番目の)にお伝えください。


さて、突然、消滅してしまい申し訳なく思っています。

実は妻が病気になった。重い重いビョーキ。急いで帰国しなければならなかった。

妻は死にました。悲しいです。すごく泣きました。

アッラーに召されたが、私は合点がいかない。妻は、なぜ、死ぬ。

妻が死ぬのは、ずっと、ずっと、ずぅっと後でいいじゃないか!


悲しいとき、イージマさんのことを思い出した。あの楽しい日々。

やさしい日本人に出会えて良かった。ほんとうに良かった。ありがとう。

九十九里の美しいビーチを忘れません。イワシの缶詰、忘れたい。

Mr.イージマ、我が良き友よ。遠距離の友よ。まい・でぃあ・アジアの友よ。

また会えるものなら会いたいと神に願った。するとアッラーに通じた。

今年の夏、再び日本へ行くこと決定。イランみやげを持っていくから、受け取れ。

お元気でお暮らしください。再見!

by シャリマール(32歳、B型、乙女座)


追伸

ヒマならイランにもお出かけしなさい。

ちょいと、お待ちしています。



イージマは、シャリマールが来たら自分の店で働いてほしいと思っている。

うん、いいかも。日本語も達者だしね。

万引きとかあっても、キメゼリフがあるもんね。

お釣りを間違えて客が文句を言っても、キメゼリフがあるもんね。

道に迷って配達が遅くなっても、このキメゼリフがあるもんね。

ちょいと、お待ちなさい!

辛抱できない日本人に「待つことの大切さ」を教えてくれたシャリマール。

私は私で、シャリマールに伊豆の幸を味わってほしいと思う。

九十九里のイワシ缶ではなく、伊豆の新鮮な刺身を食べてほしい。

イラン人、刺身、食うよね? 食うだろ? だろ?

イスラム教はサシミ食べないとか、カタイこと言いっこなしだぜ。

豪快に舟盛り(漁船4tクラス)をご馳走したい。彼が大好きなビールは飲み放題だ。

美人コンパニオンだって、じゃんじゃん呼んじゃうぞ。大盤振る舞い!

シャリマールよ、亡き妻の面影を偲びながら思い切り遊んでくれ。

そうだ、大室山リフトに乗ろう。城ヶ崎の吊り橋でぎゃーぎゃー騒ごう。

ぐらんぱる公園でフィールド・アスレチックやるか? 

伊東オレンジビーチで泳ぐか? 砂のお城を作るか?

ナンならお弁当を持って天城山へハイキングに行ってもいい。すごい疲れるぞ。

でも大丈夫。疲れたら日帰り温泉があるから。(←日帰りかよ! byシャリマール)


シャリマール、あんたは、会ったこともないのに、会いたくなる男だ。

ほんの少し世話になっただけの日本人に、きちんとお礼の手紙を認める(したためる)。

あんたがナニ人だろうと、私は礼儀正しい男が好きだ。

イージマ、今年の夏は、シャリマールといっしょに伊豆へ来なさい。

愛車「フェアレディ・おつ」に乗って。



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