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●4月26日:下田水族館にて
愛車ミニクーパーは、潮風に導かれ浮かれ調子で伊豆東海岸を南下する。 11時35分。お馴染みの「そば・いし塚」で、せいろ大盛り&揚げ出し豆腐。 女将さんの真っ赤な口紅、ぴかぴかに磨かれた床、目配り気配りのきめ細かな応対。 この日は20人以上の予約が入っていて満席。商売繁盛、さもありなん。
頂上までがんがん歩いて15分。お茶ケ崎展望台から下田海中水族館が見える。 大人気の「イルカショー」が丸見えだい♪ 空中ジャンプしたり、上空のボールにタッチしたり、立ち泳ぎしたり。 もっとも遠くから見るので、イルカがすごーく小さいけどね。 サンマみたい。あはは。
公園を周回するように下って行くと水族館の正面に出る。 イルカショーを楽しんだ親子連れが出て来た。 子供たちはニコニコしている。パパもママも楽しそう。良かったね。 ショーを最前列で見たのだろうか。シャツが濡れている子供がいる。 興奮冷めやらず、みんな大声で叫ぶように話している。 水族館から100メートルほど離れた場所にテントが張ってある。 何だろう? 「関係者以外・立ち入り禁止」の看板。 前にここを歩いたときはこんなものはなかったぞ。 近くまで行ってみた。好奇心旺盛なオレ。 テントの入口が風にはためく。 と、イルカらしきものが見えた。 すごく小さなイルカが見えた。 つづいて彼らの声が聞こえた。
きょうは客の入りが良かったねー。 そ、連休前なのに満員だもん。子供たち大喜び。 オレたちの陽気なパフォーマンスに、家族そろって大感激ってか。 だけどよ、そろそろマンネリ気味だから、新しい芸を考えないといかんだろ? たとえば?
だめ! それだけはダメ! 絶対にダメ! そうとも。それをやったらイノチ取りだぜ。 第一、客が喜ばないだろ? 泣くだろよ?
そうか。新しい芸を開拓するって、むずかしいよなー。 うん。 あのさ、大根オロシをアタマに乗せて、燻製にされて、ヒラキになるって、どうよ? だからぁ、そういうのダメだって。 はい。 やっぱ、空中ジャンプとか派手なやつがウケるのかねー? だろうな。 まあな。
それじゃ、ダメなわけ? オリジナリティがないじゃん。真似ばっかじゃん! このままじゃ会社がダメになるよ。 オマエは課長が喜びそうな前向きなことを言うけど、これでも精一杯やってんだぜ。 そうだ、そうだ! ムリしないでさ、いまのままで行こうよ。現状維持。
はあ? なに、それ?
ふむふむ。 それで?
物語その1:伊豆のシモダ侍が東伊豆町の悪代官をこらしめる物語。 桜吹雪の金さんが大活躍する痛快時代劇「水戸黄門捕物帖」って、どうよ? どてん! どてん! でさ、千葉のヘルスセンターで公演する。 万札のレイを何本も首にかけてもらったお礼に、ものすごい流し目を送ったら、 60代熟女にチューされて真っ赤な口紅が、ほっぺに、べっとり♪ こりゃ、たまんねーぞ。 うん! イイーネ! 物語その2:中伊豆は韮山または函南あたりの小さな牧場を 乗っ取ろうと企んでいる町の有力者がいると思えよ。 はい。 はい。
さらに油田もあれば水田もある。家庭菜園もある。とにかく何でもある。 地下に眠る莫大な財宝を狙った町の有力者一味から、さんざん嫌がらせを受けて、 とうとう牧場主が殺される。哀しみに暮れる母と子供。白寿葬祭センター。 と、そこに現れた早撃ちのガンマン。不吉な影を背負った後姿がカッコいい。 孤独な流れ者、若き日のクリント・イーストウッド。 その男は、二度と人を撃たないと決めていたが、 ココロ惹かれた未亡人のアケミさんに頼まれて、再び銃を取る。 敵が雇った凄腕の殺し屋と対決する真昼のガンファイト。 勝負は一瞬で決まった! 流れ者が静かに去っていく。アケミさんが涙で見送る。 お願い、戻って来て! ココロの中で叫んでいる。口には出せない。 だって初七日も済ませていない、私は未亡人ほやほやだもの。くすん。
男を呼び止める痛切な叫び声が、 雪を被ったシェラネバダ天城山脈にこだまする。 シェーン、紙パックぅぅぅ! 紙パックぅぅぅ! 紙パックぅぅぅ! シェーン、カンバックぅぅ!カンバックぅぅ! カンバックぅぅ! ↑こだまが違って帰ってくる
物語その3:そのまんまで恐縮だけど「ソガのイルカ」をテーマにした、 歌と笑いのミュージカル「屋根裏の怪人は、どこにイルカ?」 なあん茶って。 ね、どうよ、どうよ?
ほな、アホな! いいかげんに、しなさい!
● ここまで聞いた私は我慢できなかった。 部外者入室厳禁! わかっている。 わかっているが入らずにはいられなかった。テントの中へ入った! と、どうだ。 テントのなかにはイルカショーとまったく同じ水槽があった。 ただし縮尺50分の1。ちっちぇー! すごく小さい。
このテントは彼らの楽屋だったのだ。 突然、許可なく闖入した私をサンマたちが睨んだ。じろり! 先ほど下田公園の頂上から見えたのは、あなた方ですかと聞いてみた。 あっけらかんと、YESと言われた。 私が見たのは、小さく見えたイルカではなく、サンマだったのだ。 いま、目の前に実物大のサンマがいる。 ★下田海中水族館「さんまショー」の出演者紹介 上から「ロロ」、「ナタリー」、「アンク」。いずれも利口な「バンドウさんま」である。
私だけにこっそり話してくれたので大きな声では言えないが、 彼らは中国は四川省からの密航サンマである。 今年3月まで五反田のキャバレーでショーをやっていたが、 警察がうるさいので黒潮に乗って伊豆まで流れて来たという。 水族館人事部には、三陸沖からやって来たと言ってある。 チーム名「三陸沖さんま上海雑伎団」。 毎回、同じようなショーでは客に飽きられてしまうと、 危機感をもった水族館の支配人が、彼らのショーパブ芸を見てアルバイト採用した。 名付けて「イルカもびっくり、涙と笑いのサンマショー!」。 私は特別に練習風景を見せてもらった。
とても地味な芸です。「ボクたちのお昼寝」。
グルメなお客さんが大喜び! サンマ丼。
外国人にウケます。サンマの燻製シチリア風タリオリーニ。
お年寄りが拍手喝采! みりん干し。
ショーを終えて、子供たちとふれ合うサンマくん。 少しくらいの火傷なら平気だい! あぢぢ! あぢぢぢぢぢぢ!
● 私はすごいものを見たと思った。 サンマたちは、まさしく身体を張って超危険なパフォーマンスを見せてくれた。 あるときは煙に燻され、またあるときは劫火に焼かれ、 解剖実験のごとくヒラキにされてもなお、 つねに笑顔を忘れず、水族館にやって来る若い家族のために、 来る日も来る日もイルカ顔負けの究極芸を披露している。 えらい! りすぺくと!
あんなものは見るに値しない、シロート芸だ! イルカめ、少し可愛いからって、ちやほやされて甘えてんじゃねーぞ。 なにがドルフィンだ、なにがイルカに乗った少年だ。バッカじゃねーの。 ボクらはアタマがいい「バンドウ・イルカ」ですだと? ふん、それがどうした。 板東英二みたいな顔しやがって。 日立・世界不思議発見か、お前はミステリーハンターか、ひとしクン人形か? オレたちサンマの骨でも煎じて飲みやがれってんだ。
下田海中水族館のサンマショーは、残念ながら4月25日で終了した。 「三陸沖サンマ上海雑伎団」は、次の公演先であるブラジルに向けて旅立った。 私はもう一度、彼らのパフォーマンスが見たい。 脂が乗った秋に、七輪を携えて彼らに会いに行こう。 Tシャツにサインしてもらおう。 その頃、彼らはどこにいるんだろう。 また下田で会いたいね。
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