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●7月16日:アブラゼミとウグイス
蝉羽根の超高速擦過音が、酷暑の夏を差し招き、気温を3℃ほど上昇させると、 ランタナやインパチェンス、ヒマワリまでもが、ぐわんと花口を大きく広げた。 太陽はそれを良しとして、滋養満点の開花光線を惜しみなく照射する。
ジィジィジィジィ、ジジジィ、ジージージー、ジジジジ、ジィジィジィジィ。
脂っぽくて、暑っ苦しくて、鬱陶しい、無神経な午後の雄叫び。 ヒグラシのように夕暮れの気取った哀愁を漂わせたりはしない。 ひたすら、まじめに、一直線に鳴き通す。朝昼夜、遮二無二鳴きつづける。 やはりアブラゼミがいないと、ヤツが鳴かないと、夏がシマラナイ。 漫画家・谷岡ヤスジ風に、ガシガシ鳴いてこそ、夏だ。
遙か高空でふんぞり返っている巻雲や積乱雲めがけて、夏ウグイスが完璧なヴィブラートを一閃。 この夏、最後のひと鳴きが、空一面に広がって、怠惰な涼風や冷雲を覚醒させ、 居座りつづける梅雨前線には、速やかに立ち去れ!と脅しをかける。 春から鳴き続けたウグイスは、恋をして、妻を娶り、家を建て、子を産み、育て、まもなく冷涼な山奥へと帰っていく。 梅雨明け宣言と同時にバタッと姿を見せなくなるのは毎年のこと。 冬から春へ、春から夏へ。季節の交代を鮮やかに告げるウグイス。
繁茂したヤマモモの巣で生まれ育った青年ウグイスが、短命な蝉の死骸をつついている。 かと思えば、肥えた土中で昼寝していればいいものを、 どんな用事があるのか、高温多湿の日向に出て来たミミズを、母ウグイスが捕らえ、ついばんでいる。 死を食らって生きる者。強者に斃される弱者。 動物の絶対的原理原則が、庭の片隅で証明されている。 生と死のコントラストがひときわ強烈な季節。 だからこそ夏は眩しいのかもしれない。
ジィジィジィジィ、ジジジィ、ジージージー、ジジジジ、ジィジィジィジィ。 けきょけきょ、ほーほけきょ! ホー穂家挙、毛挙毛挙毛挙、けきょ!
アブラゼミとウグイスの不思議なデュエットを、 老朽化した保養所を解体する油圧破砕機の轟音がかき消した。 夕暮れの空に舞い上がったアゲハチョウをからかいながら、 ツバメは、低く、高く、いつもながらの鋭い飛行を繰り返す。 午後6時10分、無風。
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