まえ   つぎ   日記


2007年7月24日 スズメバチの夏



勤勉な奉公人、獰猛な殺戮者、スズメバチ。

安逸な日々のみを溺愛する不埒な人間どもに、

頂門の一針ならぬ天誅の一撃を加える黄褐色のスナイパー。


花粉蒐集という甘美な実務に全人生を捧げる者たちよ。

奴隷の一生などと誤った思いこみをしたり、必要以上に卑下諦念をしてはならない。

縦しんばそうであっても、為すべき事を一途に為すことの崇高さを知れ。


生と死が頂点を極め、横溢する直中に在って、

蜂は蜂らしく夏の真ん中に向かって遮二無二突進するがいい。

生きとし生けるものが欲望を剥き出しにして、一秒たりとも無駄にすまいと趨り巡る夏。

血湧き肉躍る狂乱の夏。

さあ、行け! スズメバチ。


短命にすぎる己を哀しむヒグラシの涙声に惑わされるな。

そんなものは最安値の甘ったれなヒロイン。

死臭を残して飛び去った、老いたトンボの羽音にうろたえるな。

いのちに限りがあるなら誰だって死ぬときは死ぬ。

何を恐れることがあろうか。


夏の八合目で輝く生と死。

妖艶なアゲハチョウの色仕掛けに籠絡されたアブラゼミが、

さんざん弄ばれた挙げ句、カマキリの餌食となって食われている。

余録にありつこうと群がって来たクロアリは、

相手が誰であろうと自らの歯牙で獲物を斃すのがスジだろう!午後の熱風に一喝された。


たった7日で空蝉に変わり果てた早熟なヒグラシが、

夕風に巻き上げられ薄紅色に輝く積乱雲の彼方へ運ばれていく。

ヒグラシの涙声や遣る瀬ないトンボの羽音は、

怏々しく生きる気力十分のスズメバチにとって反極無縁のもの。


ベガ、アルタイル、デネブ。

夏の大三角がいまを強靱に生きるスズメバチに惜しみない拍手を送る。

慈愛あふれる星たちの瞬きに呼応して、眠っていた合歓の花が大きく開き、

巨大なギボウシや初雪草たちが一斉にスタンディング・オベーション。

正六角形のハニカム宿舎で眠るスズメバチは、

そんなことを知ることもなく明日のための大いなる熟睡に専念している。


白と黒の激しいコントラストにたじたじとなりながらも、

真理の中心に向かって、

臆することなく、行け、強者どもよ。

立ち止まるな、真夏の勇者たちよ。


伊豆高原、気温31℃、晴れ。



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