3月。夜が楽しい、トランプの春が来た。
冬季五輪が終わったのと当時に、伊豆高原は春めいてきた。
スノーフレーク、リビングストン・デージー、アネモネ、パンジー、ムスカリ、沈丁花、スノーフレーク、
白木蓮、アンズ、マリーゴールド、ランタナ、バーベナ、ミントベル、デモルフォセカ…。
春の庭は、いい香りがする。花梨の蕾はまだ固いまま。なかなかに頑固なやつだ。
さて、ウララカ家では、新しい遊びに夢中である。トランプである。カードである。
いつも遊びに来てくれるフクチ夫妻とはじめたのがヤミツキになってしまった。
大体がセブンブリッジ。3人で延々とやっている。スコアを付けて年間成績を記録することにした。
TVゲーム主流の時代にアナログなカード遊びは新鮮だ。午後7時、夕食を済ませると、即、はじめる。
最初は私の一人勝ち状態がつづいたが、そのうち妻&妹が盛り返してきた。
こういうゲームは実力が伯仲していないとつまらない。俄然、おもしろくなってきた。
これは、おもしろい!となると徹底的にやるのがウララカ家。飽きるまで、とことん、やる。
毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、カードをシャッフルする音が聞こえる、春の宵。
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ウララカ家を「カード・シャッフル症候群」に陥れた、そもそもの人、フクチ夫妻。
ご主人は、アートディレクターという仕事らしいが定かではない。ヒゲが似合う人だ。
その日本人離れした容貌には理由がある。アラブ首長国連邦の王族と日本人のハーフで、
本名は「西方路・アブドラ・ハジサン三世」。壮絶な名前だが、どうも、ほんとうらしい。
ウサマ・ビンラディンのそっくりさんと言えば、わかってもらえるだろうか。
アラブからオイルマネーが、じゃぶじゃぶ通帳に振り込まれているらしい。ああ、うらやましい。
なにしろ仕事らしい仕事をしているところを誰も見たことがないのだから。
私とは仕事の関係で知りあい、当時、大変お世話になった。だから友人と呼ぶには、おこがましいのだ。
またフクチ夫人は黒木瞳にそっくりの美人で料理上手。手作りのパンやケーキをいつも頂戴する。
伊豆の別荘に忘れた頃にフラリとやってくる。愛車は、まったく洗車しない旧型ベントレー。
ベントレーを、日常、下駄代わりに使う人。洗車しないで汚れたまま乗り回すセンス。勉強になる。
要するに、本物の金持ちは「金持ち」を感じさせない。むしろ地味なくらい。きらびやかはニセモノ。
彼女のお父さんは政界のフィクサーであり、日米講和条約の現場にいた人だ。
風の人・白州次郎の友人でもある。いまは引退してゴルフ三昧。強気な姿勢はあいかわらず。
タイガー・ウッズには飛距離で負けるが、パッティングでは勝つと豪語している。
ま、そんなプロフィールのフクチ夫妻が、ウララカ家にカード遊びを持ち込んだというわけだ。
超お金持ちがウーロン茶を飲みながらトランプで地味に遊ぶ春の宵である。気さくで、いい夫妻だ。