まえ  つぎ 日記INDEX

8月18日


コジュケイ・アイス株式会社:不思議の森の物語

まさしく本格的な残暑。いかがお過ごしですか?
お盆が終わり、時間差の帰省ラッシュが落ち着く20日頃になると、
定番の語り口として「暑い中にも秋の気配が漂う今日この頃」…。
それまでは絶対に涼しくなりませんよ。保証します。

だから冷たいモノを飲み、食べて、クーラーを全開にして
暑さを耐え忍ぶしかない。伊豆高原も暑いっス。じりじりです。
駐めておいた車の室内温度43.5度。熱に弱い私なら、即、入院だ。
灼けたハンドルが熱くて触れない。車内においたガムが溶けている。

ウチはリビングルームにクーラーが一台しかない。
例年「ドライ」は梅雨時になると頻繁に使用するが、
「冷房」はせいぜい2週間くらい。ところが今年は毎日「冷房」。
私はリビングの横のよく冷えた部屋で寝ている。毎晩、ぐっすりだ。

妻&妹は2階にある自室で寝る。ふたりとも虫嫌いなので窓を開けない。
どんなに暑くても開けない。頑固な女である。
夕方から網戸を通して涼しい風が入るのに、ほんとにバカな女たちだ。
その代わり扇風機をブンブン回すらしい。「強」の連続運転だ。

ウチはなぜか扇風機が5台ある。今年も一台新たに買った。
最新型のマイナスイオンが出るやつだ。
肩こりが治り、女性特有の痛み(?)にも効果ありとか言ってたが、
それより何よりマイナスイオンを浴びると気持が落ち着く。
穏やかになる。ふんわりした気分になる。これは庭の水やりで体験済みだ。

観光客が集まる人気スポットの定番は「滝」である。
滝と聞いただけで、どんな山の中へも人は行く。
そこで滝の飛沫を浴びて、おお、声を上げ、マイナスイオンを浴びる。

それまで旅行になると些細なことで必ずケンカしていた夫婦も、
滝の前では仲直り。穏やかな顔をして記念写真を撮ったりする。
マイナスイオンを全身に浴びた、お父さんは、やさしい。
滝をぼうっと見つめるお母さんの肩にそっと手をかけて、
いつもの「おい」や「お前」ではなく、久しぶりに名前を呼んでみる。

え、恵美子…。

お母さん、気味悪がって、あとずさる。滝に落ちる。



こんな暑い日は、早朝か陽が落ちた夕暮れに散歩する。
今朝6時頃、珍しく早起きして散歩に出かけた。
いつものコース、いつもの森の中を歩く。

と、誰かがカン高い声で私に向かって「ちょっと、くれ!」「ちょっと、くれ!」
なんだ? 何が欲しいのだ。金か? 愛か? 誠か? それとも、夢か?
「ちょっと、くれ!」「ちょっと、くれ!」 うるさい! シャーラップ!

こじゅけい(小綬鶏)という飛べない野鳥がいる。
キジ目キジ科。山地に近い森林、草地、農耕地などに生息している。
繁殖期はつがいで行動するが、それ以外は群れをつくって生活する。
主に森の中を歩き回り、ときどき開けた場所に出てくる。


鳴き声がひどく特徴的だ。猛烈なソプラノで「ちょっと来い!」「ちょっと来い!」
夜明けに鳴くことがある。そんな野鳥がいることすら知らなかった頃は、
子供が夏に履いている、歩くたびに音が出る「ピュッピュ・サンダル」かと思った。

「ちょっと来い!」「ちょっと来い!」「ちょっと来い!」「ちょっと来い!」
「ちょっと来い!」「ちょっと来い!」「ちょっと来い!」「ちょっと来い!」

一度鳴きだしたら止まらない。5分くらい連続して鳴く。うるさい、うるさい。
聞きなれてくると「ちょっと来い!」ではなく「ちょっと、くれ!」に聞こえる。
早朝、さわやかな森の中、ヒステリックな声で「ちょっと、くれ!」と、
ワーワー喚き立てないでほしいものだ。キミには何にも、あげない!

だが、今朝は違った。いつものカン高い声で「ちょっと来い!」。
確かに「ちょっと来い!」と聞こえた。うん? コジュケイ家族に異変か。
私は、「ちょっと来い!」に導かれて、鳴き声がする方向に進んでいく。

森の中、半径2メートルほどの開けた場所に出た。
と、どうだ。そこには大きな看板があった。コジュケイ・アイス株式会社。
そこで3羽のコジュケイが営業会議を開いていた。営業第一部3課・使用中。
使用中って、ここは会議室だったのか。森の会議室? シャレてるじゃん。

全社一丸、売りまくろう! 氷、いかがっスか!

営業部長らしきコジュケイが名刺を出しながら私に言った。
うら旦さん、販路を拡大したいんですが何か良い知恵はありませんか。
いつのまにか私は経営コンサルタントになっていた。

なおも営業部長は言う。
実はアラスカに海外支店があるんですが、成績が上がらなくて、さっぱり。
そこはシロクマ課長に任せてるんですがね、いまいち、営業力がなくて…。

ほう、海外支店? なかなかグローバルな企業じゃないか。
興味を持った私は聞く。で、アラスカで売る氷はいくらだ?

はい、キロあたり5円です。やはりコジュケイはバカだ。
氷はアラスカの海から冬場に仕入れて貯蔵しておくので原材料費はゼロ。
しかし、営業経費や広告宣伝費、事務所維持管理費など諸々の経費がかかっている。
なのに5円。コジュケイは原価計算ができないのだ。

しかも、アラスカではあまり氷は売れないと思う。
アラスカにも熱闘甲子園はあるのだろうか。カチワリ需要はあるのか?
いくらシロクマが頑張っても営業成績の飛躍的な伸びは期待できないだろう。

私は、おもむろに言う。あのなー、氷を売るのもいいけどさ、
お前たちはコジュケイだろ。鳥だろ。氷販売の他に挑戦することがあるだろ?
それをやってみたら、どうだ?
一度でいいから空を飛んでみたら、どうだ?
鳥のくせに地面を這いずりまわっている。それは、いかがなもんかと。

3羽のコジュケイは、ガクッとうなだれたまま何も言わない。
先ほどの白熱した営業会議の雰囲気はどこへやら。
あ、悪いこと、言ったかなー。ごめんね。悪気はないからね。
ただ、その、ちょっと気になったもので。
私はいたたれずにその場を逃げるように去った。

そして、本日、午後5時41分のことだ。
庭に水やりに出た。もう何日もまとまった雨が降っていない。
プランターも、地植えの植物たちも、芝生も、カラカラだ。

たっぷりと水がまかれる。暑さに喘いでいた緑が息を吹き返す。
よく冷えた飛沫が、ささやかな庭を潤す。マイナスイオンに包まれた夕暮れの庭。
スッ、スッと気温が下がっていくのがわかる。
いつもの涼風が吹きはじめる。一日でいちばん好きな時間。

長ーく伸ばしたホースをくるくる巻き取りながら、
何気なく西の空を見上げた。と、そこに…

おおー! おお! コジュケイが飛んでいる!
飛べない鳥、コジュケイが飛んだ。悠々と空を飛んでいる。
薄れる茜色、群青から紫に暮れる夕空を飛ぶコジュケイが3羽。

私は大声を上げて彼等に言う。
でかしたぞ! コジュケイ、良く飛んだ!
絶対に飛べない切り羽根を使って、彼等は必死になって飛んでいた。

「氷の旗」を背負った例の営業部長が、私に向かって空から大声で叫んだ。
ちょっと飛べ!  ちょっと飛べ!  ちょっと飛べ!

私はニヤリと笑い返して、まだ水滴がついたホースを持ったまま、
その場で、30cm、ジャンプした。


★先ほどコジュケイからメールが届いた。
伊豆高原本社とアラスカ支店を閉鎖。アフリカに拠点を移したとのこと。
サハラ砂漠の真ん中で、月の砂漠を行くラクダたちに氷を売るらしい。
商売繁盛を祈りたい。私はもらったメールを「友人フォルダ」に保存した。



まえ  つぎ 日記INDEX

inserted by FC2 system