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4月14日:川奈その1:赤い屋根の白い犬


世界7カ国&日本7カ村の皆様、お元気ですか。

今夜から二夜連続で小さな町の小さな話題をお届けします。

よゐこのみなさん、ラヂオの前に集まってくださーーい。

伊東市川奈に「赤い屋根」という有名な喫茶店がある。

そうです、とても眺めが良い赤い屋根のティールーム。

川奈ホテルに行く途中にあるので、初めての人でもわかりやすい。

よく晴れた日には窓辺からオアフ島が見えるので、

ハワイに行ったことのない伊東市の若者は、

とりあえず「赤い屋根」からオアフ島を眺めて、

バーチャルハワイ旅行を楽しみます。

と、ここまでは、ほんの前フリ。

3日前の伊豆新聞によると、

「赤い屋根」のアイドル犬が行方不明になって大騒ぎだという。

飼い主、ママさん、店の常連客が必死になって探し回っている。

読者のみなさん、どこかで白い犬を見かけませんでしたか。

もし見かけたら近くの交番に知らせてください。


尋ね犬の特徴:真っ白な毛並みが美しい紀州犬・メス5歳。


人間でいうと37歳前後だろうか。

まさに人生の絶頂期、恋愛の正午どき。知力体力気力=オール100点満点!

そんな働き盛りの彼女が失踪した。

今頃、一匹ぼっちで心細いに違いない。

赤い屋根の白い犬。国旗と同じ配色だから、わかりやすい。

突然、消えた川奈の白犬。何かおかしい。引っかかる。

刑事生活30年、私のカンが告げている。

これは単なる失踪でもなければ、ましてや少女の家出でもない。

ボケ老人の徘徊でもなければ、三歳児の「はじめてのお使い」でもない。

事件だ、事件の匂いがする。

事件の裏に隠された戦後最大の秘密とは、何か?

川奈八墓村の沖合に浮かぶ獄門島の怨念か? 

情欲に狂った美人姉妹のどす黒い陰謀か?

黒革の手帳に記されたメルアド謎の暗号「ぱぺぽ」とは、何か?

父を死に追いやった詐欺師に復讐を誓うクロウサギとは? ←ウサギかよ

川奈の白い犬が消えた! 愛と宿命のホワイト・ドッグ、Missing Now!

次号を待て! ←待てない

ついに匿名捜査班が動き出す! ←名乗れよ

失踪した白い犬(彼女)と初めて会ったのは、忘れもしない3年前だ。

桜が終わった4月中旬、ちょうど今頃だったように思う。

はじめて「赤い屋根」を訪れた。

眼下には早くも初夏の輝きを放つ川奈の海が広がっていた。

見渡せば真鶴・湘南・房総半島が春霞の中で揺れていた。

喫茶店「赤い屋根」は完璧なロケーションだった。


特等席の窓際に座り、コーヒーを注文しようとした、そのとき!


カウンターの中から白い犬が出て来た。真っ白な彼女が現れた。

そのときの彼女はヒト年齢20歳前後。お肌ぴちぴち、きゅーてぃ・はにー♪

押切もえより可愛いかった。ほしの・あき(28)より可愛いかった。

ちょーミニのエプロン、いやらしい黒のストッキング、ふりふりガーターベルト…。

伊豆のイチ喫茶店とは思えない衣装だった。

そして、彼女は、こう言った。


この店、はじめて?

あ、はじめてかも…。

あんた、学生さん?

いや、ベテラン社会人だけど。

そ、じゃ、だいじょうぶね。緊張しなくても、いいのよ。

はい。

じゃ、先にシャワーを浴びてね。

シャワーっすか?

緊張しないでね。あたしが全部してあげるから♪

あの、コーヒーを、ひとつ。

わかってるってば。延長してもいいのよ。全然おっけー! あんた、若いもんね。

いや、そういうことじゃなくて、コーヒーを。

いつまでも照れてないで、いい子だから早くシャワーを浴びなさい。

うぉい! いつまで三文芝居をしてるんでい!


ごめんなさい。冗句、冗句ですよぅ。

じよーくかよ! 誰に冗句を言ってんだぁ? オレ様を知らねーのかい?


もちろん知っています。存じ上げておりますとも。

目先の小笑いさえあれば貯金はいらない芸人根性。

桃屋の江戸紫があれば、シラスおろしや海苔はいらない朝飯の常識。

焼き冷ましの塩鮭と煮詰まった味噌汁を温める、やもめ暮らしの侘びしい朝飯。

妖気と幼気が爆発する言葉の内燃機関・ジョーク機関車。

明日の米より今日の恋・愛の言霊が炸裂する伊豆高原ラブラブ日記。

人生七転八倒・天衣無縫の冗句魂が炸裂する伊豆高原嘘八百日記。

自慢のシャイニング頭頂部、誰よりも美しい顔、長いマツゲ、細い指。

怪しい自尊心、強烈な自負心、天下御免のストレプトマイシン。

伊豆高原で、いまや知らぬ者なし。

して、その男の名は… くまのプーさん!


どてん。

うーさんじゃないのかよ!


これが白い犬との初めての出会いだった。おもしろい犬だった。

その後も私が行くと、「いつもの?」としたり顔でうなづき、

ママさんに「いちばん安いコーヒー!」とオーダーを通す。

コーヒーが来るまで手持ち無沙汰なので、タバコをふかしていると(禁煙前)、

身体に悪いからやめなさいよ、肺ガンになったらどうするの?と姉さん女房を気取り、

黙っていても「トースト東スポ」を持って来てくれた。


親しくなったある日、彼女が身の上話をした。

あたしね、紀州犬なのに鹿児島出身で、ごわす。

それじゃ、キューシュー犬じゃん! ってツッこんでよ、お願い! と泣いた。

私は黙って彼女の細い首を抱きしめ、やさしく背中をさすってあげた。

顎の下をくすぐると喜んで私に甘えた。

3年前の春のことだった。

ゴールデンウイークまで少しマがある、春の谷間4月中旬。

3年前と同じ季節が巡り来て、海は晩春の色になりつつあるが、

喫茶店「赤い屋根」に、白い犬は、いない。

アイドル犬は、もう、いない。


アンニュイな気分になって家出したのかもしれない。春先はそういうことが多い。

あるいは伊豆の花巡りを思い立ち、下田まで行こうとしたが、

稲取あたりで途中下車して、ぶらり旅。

そこまでは良かったが道に迷ってしまい、そのまま誰かの家に住み着いた。

そんなところかもしれない。春先はそういうことが多い。


あるいは、ユニーの総菜売場でヤマピーそっくりのカレが現れて、ひと目惚れ。

即、婚約して、屋久島にハネムーンか。春先はそういうことが多い。

いや、そんな無礼なマネをする彼女ではない。

それならそうできちんと挨拶をしていくはずだ。


それとも天城名物マメ桜の花びらに乗って、異人さんの国へ行ったのか。

  ↑とうちゃん、オレは一寸法師か? ←違う!


それともパラソル片手に西風に乗って、異人さんの国へ帰ったのか。

  ↑とうちゃん、オレはメリー・ポピンズか? ←違うな…


赤い屋根の下に、あの白い犬は、いない。

私のスニーカーに、ちょこんと顎を乗せてうたた寝する、あの白い犬がいない。

足元が寂しい。テーブルの下が広すぎる。

と、ママさんが冷蔵庫を見せてくれた。

扉に小さなメモが貼ってあった。

こう書いてあった。


うーさんの嫌いなもの: さやインゲンと塩鮭とチクワのピザ、チーズみたいな古い牛乳。

得意な歌: 津軽平野、北酒場(わたしとデュエット)、たいがー&どらごん。

得意なツッこみ: それじゃ、キューシュー犬じゃん!

得意なボケ: 白ウサギをだます黒ウサギ。その名はピーター・関根・ラビット!


白い犬は、私の好みをメモしておいた。そのやさしさがうれしい。

北酒場(わたしとデュエット)。この一行が泣けた。

冷蔵庫に貼られたメモが、にじんで見えた。

川奈の春風にふわりと揺れた。泣いているように揺れた。

赤い屋根の白い犬は、いま、どうしているんだろう。

元気でいてほしい。


そうだ、重要なことを聞くのを忘れていた。

私は犬の名前を知らなかった。オイとかオマエとか呼んでいた。

ママさんに聞いた。犬の名前は?




「白い壁」。




ほげっ!

「赤い屋根」の「白い壁」か。

聞けば彼女が自分からこの名前にしてほしいと言ったそうだ。

姓が赤屋根、名が白壁。つづけると赤屋根白壁さん。

漢字5文字だ。実印を作ると割り増しになる。

それにしても犬の名前が「赤屋根・白壁」。

みごとだぜ、べいびー!



最後に。

尋ね犬「白い犬」の写真公開:この人を探しています。

写真1  ←子連れかよ!

写真2  ←変装かよ!


しろかべ、すぐ帰れ。ハハ、びょうき。




★次号予告:川奈の結婚式場に迷い込んだ独身女性のお話です。お楽しみに。

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