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●4月6日:男の旅路
12歳のガキなのに、なんだか親友を失ったようで、やけに寂しい。 ちょいとメランコリックなわけで。いまは誰とも会いたくないわけで。 いまは気の利いたジョークなんぞ言えないわけで。 いまは気の利いた誘い文句も言えないわけで。 ましてや女性弁護士5人の居酒屋合コンなんか出たくもないわけで。 ましてや女性歯科医5人のカラオケ合コンなんか出たくもないわけで。 ましてやヘアヌード美香さん5人の合コンは、出たい!
そんなことより、タカちゃん。
大室山のてっぺんで思い切り叫んでみたいわけで… 城ヶ崎の吊り橋で思い切り叫んでみたいわけで… タカちゃーーーん!
とぉワカ ちやーーーん!
5年前のこと。 タカちゃんの両親が離婚した。 さまざまな事情があって祖父母が住む伊豆高原に越してきた。 初めて彼を見たのは真夏だった。 前の道を少年が通りかかった。 真っ白な腕と足と顔、真っ白なシャツ、なんとも不健康なホワイト&ホワイト少年だった。 それにひきかえ、こっちは、 真っ白なTシャツと歯、真っ黒な顔と腕。なんとも健康的なモノトーンのオレさ。
垣根越しに視線を感じた。大きな目が、私を見ていた。
なんだよ、オレが珍しいのか? おじさん、お坊さん? たはっ! キミはいくつだ? 小学生だろ? 7歳! おじさんは、お坊さん? あんた坊さんにこだわるね。こんなカッコイイ坊さんがいるかよ。違うさ、髪の毛を剃ってんの。 ハゲかくし? 擬態エフェクト? あ、てめ! ハゲは禁句だぞ。ハゲじゃねーって! あえて剃ってんだよ。 人工的なハゲにして、ゴマかしてんだな。りょーかい♪ ♪マークはやめろって!
タカちゃんの家はすぐ近くだった。 この日以来、タカちゃんと急速に親しくなった。ちょくちょく遊びに来るようになった。 夏休みが終わったら、こっちの学校に通うという。 物怖じしない、おもしろいガキだった。ませたガキだった。 気が合えば年の差なんて関係ない。大切な年下の友人だと思った。 だから子供扱いはしない。対等に向き合う。ただ経験不足を補ってあげればいい。 どんどん大人の言葉を覚えていった。むりやり覚えさせた。 つっこみとボケを教えた。何よりも大切なマを教えた。 その場の空気を読めと教えた。カンのいい少年だった。 映画を見せた。本を読ませた。ジャズを聴かせた。植物の名前を教えた。 あんまり勉強しなくてもクラス10番以内になるコツを教えた。 大人とつきあうための礼儀を教えた。世知辛い世間でも立派に通用する世渡り術を教えた。 女心をくすぐるツボを教えた。年上女性のハートをワシづかむ最新テクニックを教えた。 ナウなヤングの伊豆半島デート術を教えた。 デキる小学生の春の通学着回し術を教えた。 モテる小学生の春のメイクアップ術を教えた。 ちょいワル小学生の「急なお泊まりにもあわてない下着術」を教えた。 ちょいワル小学生の「急な遠足にもあわてないピクニックシャツの着こなし術」を教えた。 いま、タカちゃんは、10万円のビンテージジーンズに、 乳首が透ける10万円の白シャツを着ている。5つもボタンをはずして…。
さらに、さらに。
ふたりで山ごもり特訓をした。四国の山奥で高知トレーニングをした。 とくに酸素は薄くないので、カツオのタタキを食べた。うまかった。 月の名所桂浜を散歩した。最後の清流四万十川を逆流した。←シャケかよ! ←いねーよ! そんな厳しい特訓の成果だろうか。タカちゃんは素手で瓦を10枚、さわれる。 ←割れよ!
よーし、はったりだ。はったりをかませ! で、タカちゃんが考えたのが、これです。 かませすぎ♪ ● 夢のような時間はあっという間に過ぎて、2006年3月末日。 桜が満開になる前に東京へ行ってしまった、タカちゃん。 「二代目うーさん」を襲名するはずだった、タカちゃん。 パパと暮らす新しい生活、新しい学校、新しい友人。 タカちゃん、元気でやってください。 男として、人として、いちばん大切なことを忘れないで、 誰にも甘えず頼らず、冗句をばんばんトバして、何でも体験して、 やりたいことを、やってください。 ● 引っ越しの当日。 タカちゃんがおじいちゃんと挨拶に来てくれた。 石舟庵のお菓子を持って。おじいちゃんが、くどくどとお礼を言った。 うーさんには本当にお世話になりました。ありがとうございました。 うーさんには本当にお世話になりました。ありがとうございました。 うーさんには本当にお世話になりました。ありがとうございました。 うーさんには本当にお世話になりました。ありがとうございました。 うーさんには本当にお世話になりました。ありがとうございました。
タカちゃんも私も、なんだか照れてしまい、言葉を交わすことはなかった。 別れ際、3秒ほどガチッと見合った。それで十分だった。
うーさん、元気でいろよ。 お前もな。 うん、さよなら。
● バス通りまでの長い坂道を、おじいちゃんとタカちゃんが上っていく。 大きなリュックが春の光の中で揺れている。 姿が見えなくなるまで見送ろうと思った。 タカちゃんを初めて見た夏の日から5年。 身長はぐーんと伸びて、肩幅が広くなり、精悍な顔つきになり、 切れ長の強い目は一段と輝きを増し、見るべきものを精確に見つめ、 分厚くなった胸板は、あらゆる出来事どんと受け止める強靱さを備え、 太くなった腕は、ちっぽけな悲劇など木っ端微塵に打ち砕く力を秘め、 引き締まった唇からは、12歳とは思えない微妙にハズした冗句が飛び出す。
自立心に輝く少年の背中は、 とことん陽気で可能性に満ちた時間に包まれていた。 伊豆高原の空が風が花が草が小動物が、彼を全面的に後押ししていた。
少年の背中がバス通りの向こうに消えた。 さよなら、タカちゃん。
★追伸:タカちゃんへ キミのためにWindowsのノートを買ったんだぜーーーーーー! キミに教えようと思ってWindowsを買ったんだよーーーーー! ど、どうしてくれんだよーーーーーーーーーーーーーーーー! タカちゃんの、ぶわーーーーーーーーーーーーーーーーか!
3つの約束 ケータイ買ってもらったらメールすること。 パパのパソコンで伊豆高原日記を読むこと。 うーさんを忘れないこと。
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